そう、太蔵は胸を張るのだ。かなり引くくらいの“ごますり“だが、ボスには絶対服従だという太蔵の上司の人心掌握術はこれだけではない。上司のコーヒーの好みを覚え、同時にコースター代わりのペーパーナプキンを添えて渡す。蛍光灯が切れれば交換はもちろん、同時にぞうきんで周りを掃除! そして「1品加える」という独自の論理まで存在するらしい。
「例えば、上司から『ボールペン持ってきて』 と言われて、黒色ボールペンだけを持っていくようではダメです。黒、青、赤と主要な色を揃え(もちろん全部、ちゃんとインクが出て書けるかどうか確認します)、その場にあれば修正液、さらに蛍光ペンをセットにして『お持ちしました』と見せるのです」
ここまでされると逆に“うざい”と思うのだが、意外にオヤジには受けがいいらしい。しかも太蔵のウリは“バカ”だ。「僕、バカなんで」とあくまで自分を卑下し、上司の言うことは絶対。これはラッキーというより“バカ”を最大限利用した立派なオヤジ殺しである。
ここまで読んで疑問に思った。太蔵は“バカ”なのではなく、“こずるい”奴なのではないか、と。
接待の際も、自分はあくまでニコニコと楽しそうに相手の話を聞く、そして、必殺文句は「私も仲間に入れてください」という言葉らしい。
「(接待では相手の趣味の話になるが)そんなとき、その趣味に興味がなくても『私も仲間に入れてください』という言葉を使うのです」
太蔵によれば、この言葉は「あなたに興味があります、という意思表示」となるらしい。そして相手に懐に入り込めることにもなる。
この言葉は太蔵が政界に入ってからも威力を発した。
「自民党の国会議員にはテニスをやる人が多く、第2次安倍政権の大臣なら石原伸晃さん、林芳正さん、小野寺五典さんはかなりの腕前です。ぼくはそんな先生がたにテニスに呼んでいただき、政策や選挙に関すること、マスコミとのつきあい方など、いろんなことを教えてもらいました」
テニスという太蔵の最大の武器を使っての世渡り術ということだ。“バカ”を最大限に利用し、ごますりに徹する。しかも太蔵は目的のためには手段も選ばない。