だが、その一方で、北条はキャバ嬢がある意味、クラブホステスよりも苛酷であることに気づいていく。それはズバリ、客の恋愛感情への対処だ。「おもてなしのプロ」としての意識や会話術が求められ、指名競争でも「高いノルマ」が設定されているクラブホステスとはちがって、キャバ嬢の接客には高度なスキルや豊富な話題などはほとんど必要ない。ノルマもなかったり緩かったりするケースがほとんどだ。いわばほとんどのキャバ嬢は素人の意識のままでやっているのだが、しかしその素人っぽさが逆に客の“恋愛感情”を引き出してしまうのだ。
「家どこ?」「お店より家に行きたい」「今日、会いたいよ」
キャバ嬢は大半の客からこんな誘いを受けるようになるのだという。店側ももちろんこれは織り込み済みで、彼女達の素人っぽさを利用して客に恋愛感情を起こさせ、店に足を運ばせようと考えている。
しかし、ほんとうにキャバ嬢と客が恋愛関係になってしまったら店側は困るし、そもそもキャバ嬢たちにもそんな気ははない。かといって、客に目がないと思われてしまったら、通ってもらえなくなる。だから、客の恋愛感情にうまく対処する能力がキャバ嬢には求められるのだ。
これはかなりのテクニックが必要だが、そのために、さまざまなマニュアルも存在するらしい。たとえば、「あらかじめ『偽の設定』を細かく決めておく」という。本名を教えたくなければ別の名前を用意し、誕生日も、住所も昼の職業も設定。また同居人がいなくても親と住んでいる、姉妹や友人と住んでいることにしたり、彼氏も「いるけど別れようとしている」「誰かいい人いないかな」という言い回しが好まれるらしい。
また、店外デートを断るためのこんな文章マニュアルもあるらしい。
「嬉しいけど、まだお店に入ったばかりで止められているの。よくなったらこっちから誘っていい?」
こうやって“偽”の自分を演出しながら、客との関係性を築かなければならない。しかし、「店外デートではなく、店にきてもらえる」ことがキャバ嬢にとって至上命令である以上、どこかでは「私はキャバ嬢であり、あなたはキャバ嬢の客である」ということを認識させなければならない。でも、認識させながからも客の恋愛感情はキープさせていく必要がある。
彼女たちの本心は「客からの恋愛感情は重荷」なのだが、表面上はそれを客に気づかせてはいけない。「その気持ちを上手に『応援型』『ファン』のような形に持って行く」ことが大切なのだ。