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長澤まさみ主演『エルピス』はなぜ安倍元首相の映像を使って権力とテレビの欺瞞を描いたのか? 脚本家・渡辺あやが抱いていた危機感

 まさか、本物の安倍元首相が登場する実際のニュース映像を使い、あの「アンダーコントロール」発言を取り上げるとは……。繰り返すが、このシーンは「あたかも真実のように伝えたことのなかに、本当の真実がどれほどあったのか」と自責の念に苛まれたキャスターの台詞のあとにつづくものだ。つまり、嘘を伝えたのではないかと問う場面で、安倍元首相の映像が使用されたのである。

 脚本の渡辺氏といえば、前述したNHK朝ドラ『カーネーション』でも、先の戦争における日本の加害性に言及。また、近作でも、NHKで放送された連続ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』では、安倍・菅政権下で起こった数々の事件を想起させるエピソードを織り交ぜながら、権力者に対する忖度や蔓延る隠蔽体質をコメディとして風刺した。だが、本物の権力者の映像まで使って、現実の問題に踏み込んだ作品は、日本のドラマでははじめてと言っていいだろう。

 だが、『エルピス』に驚かされたのは、安倍首相の実際の映像を使って、その言動を批判的に描いたことだけではない。『エルピス』は民放テレビ局が制作・放送するドラマであるにもかかわらず、そのテレビをはじめとするマスコミの東京五輪における欺瞞性を真っ向から指摘していた。

 前述した主人公・浅川の回想シーンでは、安倍元首相の「アンダーコントロール」発言のあと、東京五輪の開催決定のシーンへと移る。そこでは、浅川が福島から中継をおこない、子どもたちに囲まれながら、満面の笑みを浮かべて「震災復興へのさらなる弾みとなると人々も大きな期待を寄せています。みんな、オリンピック決まって良かったね!」とレポートする姿が映し出された。

 いまさら説明するまでもないが、五輪の実態は「復興のため」などという美辞麗句とはかけ離れたものだった。予算は招致時の2倍にも膨らみ、被災地は完全に置き去りにされたまま。巨額の公金がつぎ込まれたにもかかわらず、政治家やJOC幹部、巨大広告代理店だけが利益を独占する構造がつくられ、あげくは、汚職事件で逮捕者が続出する事態となった。

 しかし、この嘘と不正にまみれた国家的イベントについては、マスコミ、テレビもまた、共犯者であることを、『エルピス』はきちんと表現したのだ。

 しかも、これはこの回のこのシークエンスでだけ、たまたま描かれたものではない。物語はまだ序章に過ぎないが、ドラマのメインテーマは国家権力の犯罪である「冤罪」であり、権力の横暴、それに加担するマスコミの問題の責任を追及する姿勢が、ドラマ全体に貫かれている。

 忖度体質が蔓延る日本のテレビ局でこんな骨太のドラマをつくり、放送することができていることにあらためて驚かされるが、その原動力となっているのは、脚本家・渡辺あや氏とプロデューサー・佐野亜裕美氏の強い危機感だ。

『エルピス』放送開始にあわせて、雑誌のWeb媒体に掲載された渡辺氏の複数のインタビューを読むと、そのことがよくわかる。

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