『いだてん』という作品はほかにも、見るべき部分がたくさんある。クドカン流のキャラクター設定や密度の濃いやりとりはもちろん、五輪礼讃とは一線を画し、国威発揚や勝利至上主義とは距離を置いた視点、さらには、歴史修正主義がはびこる現在の日本でコントラバーシャルな日本の近現代史に踏み込み、戦前の日本の歪なナショナリズム、負の部分に踏み込んでいたことも評価すべきだろう。
関東大震災の朝鮮人虐殺を示唆するシーン、朝鮮半島出身であるにも関わらず、日本の植民地支配のため、日本代表として日の丸と君が代をバックにメダルをもらうことになったマラソンの孫基禎選手と南昇竜選手のエピソード、オリンピックの舞台となるはずだった国立競技場から学徒動員で戦地へ向かい死んでいった若者の悲劇、満州における中国人に対する加害行為……。
安倍政権下で右傾化と歴史修正主義的な風潮が進み、史実通りの戦前、戦争描写が難しくなっているなか、NHK大河ドラマというもっともメジャーな場所で、こうした描写に向き合ったというのは、賞賛に値する
しかし、いま、この状況で再び『いだてん』を観たとき、わたしたちの心に刺さるのはやはり37話と最終話に登場する「いまの日本は、あなたが世界に見せたい日本か?」だ。
2つの対照的なシチュエーションで真逆の使い方をされたこの問いかけのことばによって、私たちはオリンピックが本来どうあるべきか、がはっきりとわかるはずだ。
そして、コロナの感染が全く収束しないまま、ワクチンや経済的格差がさらに激化する中で、国民の健康と命を危険にさらして五輪強行へと突き進んでいるいまの日本の姿を思い出して、「あなたが世界に見せたい日本か?」ことばを問いかけたくなるだろう。
NHKの編成は五輪盛り上げのために放送するだけなのだろうが、NHKにどういう意図があっても、変な編集さえされなければ(物語の根幹をなすシーンなのでさすがにカットは難しいだろう)、『いだてん』は間違いなく、東京五輪のあり方に疑問をもち、五輪の本質を考えるきっかけになる。開会式ではなく、その前日に一人でも多くの人がNHKを見てくれることを願いたい。
(本田コッペ)
最終更新:2021.07.18 11:41