たとえば、「ジャポニスム2018」閉幕後に河瀨氏はこんな感想を残している。
〈当日は、西日本豪雨災害対応のために急遽パリ行きを取りやめられることになった安倍総理の代わりに渡仏された河野外務大臣がおいでくださった。吉野の美しい自然とそこで生きる人々の死生観を描いた本作をお隣でご覧になっていた大臣からは「美しい世界ですね」と上映後にお言葉をいただいた。「これが日本です」と私は胸を張って答えていた。〉
〈こうして映像を通して物語を実感した観客の皆様は「日本に行きたい、奈良を訪ねたい」と言葉を投げかけてくれる。その繊細な文化と伝統はこの「ジャポニスム2018」を通して広く深く、人々の心に届いただろう。外国人の訪日が2020年のオリンピックに向けて益々加速するに違いない。そのとき、私たちがしっかりと「おもてなし」の心で彼らを迎え、本物の日本を持ち帰っていただくことが出来た時、この「ジャポニスム2018」の意義は達成されるだろう。私たち自身のアイデンティティをしっかりと持ち、次世代への継承を惜しみなく行動へうつし、真の文化交流を行うことに、心踊らせている。〉
「これが日本です」「本物の日本」「私たち自身のアイデンティティ」……国粋主義や愛国、日本スゴイ的な匂いがぷんぷんしてくるが、それは東京五輪の公式記録映画に対するコメントからも如実にあらわれている。
今年1月27日付で産経新聞ウェブ版に掲載されたインタビューで河瀨氏は、「開催を信じ、全身全霊をかけて打ち込まねばならない仕事になった」などと語るなかで、映画のテーマについてこのように言及していた。
「コロナ禍を克服した証しとしての東京五輪の姿を後世に残すとともに、日本人が本来持つ精神性やアイデンティティー(同一性)の大切さを訴えたい」
日本人が固有の精神性や同一性を持っているという、異文化差別、少数民族排除につながりかねない発言──。ここまでくると、安倍前首相をはじめとするネトウヨ政治家や極右言論人とほとんど変わりがない。
そう考えると、河瀨氏が今回、権力側と一体化したかたちで東京五輪の開催を声高に叫ぶのは当然とも言えるだろう。そして、このままでは、河瀬監督による東京五輪公式記録映画は、ナチスドイツでレニ・リーフェンシュタールが監督したベルリンオリンピックの記録映画『民族の祭典』のような、国威発揚プロパガンダ作品になってしまう危険性も大いにあると言わざるを得ない。
(編集部)
最終更新:2021.06.04 11:01