ところが、村上春樹のこうした、歴史修正主義を批判する発言をきちんと報じるメディアはあまりに少ない。『騎士団長殺し』が出版された際も、その驚異的な売り上げや小説の謎解きなどいつものように盛り上がる一方で、歴史修正主義の問題に踏み込んだ論評はほとんどなかった。恐らくはネトウヨや極右論客からの攻撃を恐れて、戦争加害や歴史修正主義批判について語ることが、ほとんどタブー化しているのだ。村上春樹ほどの作家の発言を前にしても、ほとんどのメディアが尻込みし沈黙してしまうほど、日本の歴史否認が深刻化していることの証左だろう。
しかし、だからこそ、村上春樹は繰り返し語り、小説を発表してきた。そして、今回、これまで書いてこなかった父について綴ったのだ。
毎日新聞(7月11日付)のインタビューに答えて、村上春樹は『猫を棄てる』を書いた理由について、あらためてこう語っている。
〈今、書いておかないとまずいなと考えました。正直言って、身内のことで、あまり書きたくなかったんですけど、書きのこしておかないといけないものなので、一生懸命書いたんです。物を書く人間の一つの責務として〉
さらに記者から「それはお父さんが3度召集された戦争、特に日本による中国侵略に関わることだからでしょうか」と問われ、こう答えていた。
〈それはすごく大きいですね。そういうことがなかったことにしたいという人たちがいっぱいいるから、あったということはきちんと書いておかないといけない。歴史の作りかえみたいなことが行われているから、それはまずいですよね。父親が生きているうちは、あまり書くのは適当ではないと思っていたから、(2008年に)亡くなってからしばらく時間を置いて書いたということです〉
なかったことにしたいという人たちがいっぱいいるから、歴史の作り変えみたいなことが行われているから、物を書く人間の責務として書いておかないとまずいと考えた――。
村上春樹がなにを訴えようとしているのかはもう誰の目にも明らかだ。まともなメディアなら、村上のメッセージを正面から受け取り、歴史修正主義にきちんとNOを突きつけるべきだ。
(酒井まど)
最終更新:2020.08.15 07:44