つまり、安倍政権で文科政務官を務めた国会議員が「朝鮮人暴動は実際にあった」なる虚偽をもとに、「大震災の教訓」として「テロ対策」と言っているのである。これは、朝鮮人虐殺の否定論が実害を与えることの証左にほかならない。
なぜならば、虐殺否定論は史実を正反対に歪めるだけでなく、「災害時に気をつけるべきは朝鮮人の暴動だ」という極めて危険な誤謬を植え込もうとするからだ。関東大震災で日本人が起こした朝鮮人虐殺は、「朝鮮人」という属性だけでマイノリティを暴行・殺害するというヘイトクライムに他ならならなかった。だが、それから90年以上が経った今日でも、大規模な災害が起こるたび、SNSでは“「在日」や「外国人」が暴動や不穏な動きを見せている”といった事実無根のヘイトデマが流れてしまう。過去の虐殺の否定は、新たな虐殺の引き金となりかねない。
実は、その構造は、南京事件や慰安婦問題、徴用工問題など、日本の歴史修正主義全般に重なってくる。虐殺、戦争犯罪、性暴力、強制労働などの負の歴史を「なかった」「正当だった」と連呼する歴史修正主義は、大衆の仄暗い感情につけ込む。先人の「繰り返さない」という決意を無駄にし、残虐行為や人権蹂躙への抵抗感をなくさせてゆく──。
必要なのは“ドス黒い悪意”を見破る力だ。『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』は、必ずその手がかりになる。関東大震災で起こしてしまった虐殺と向き合い、否定論に抗うこと。それは、わたしたち自身の心を見つめ直すことなのである。
(小杉みすず)
最終更新:2019.09.02 08:02