個々の労働者は立場が弱く交渉力もないので、どうしても不利な条件で労働契約を結んでしまう。そこで、まずは国の力で最低条件を定めて、これを下回る条件を無効にすることとしたのである。さらに労働組合など集団の力を用いることによって会社とより対等な関係で結んだ内容は個々人が結ぶ労働契約よりも労働者に有利であろうから、個々の労働契約よりも優先させた。
そうすることによって、労働者が弱い立場で不利な労働条件で働かされることを防ごうとしているのである。
例えばAさんの場合、退職金については、個別の労働契約で退職金を支給しない旨合意していると考えた場合、退職金規定(これは就業規則の一部ということになる)の方が、Aさんと会社が結んだ個別の労働契約よりもAさんにとって有利な内容となる。そうすると、個別の労働契約の中の「退職金については特に定めない」という部分は無効になり、退職金規定の内容が労働契約の内容として適用されることになるであろう。
なおこの会社、先に挙げた「職務給」については、賃金規定(これも就業規則の一部となる)に、職務給は固定残業代であるかのような規定を置いていた。しかしAさんとの間の個別の労働契約書にはそのような内容はない。
この場合、職務給が固定残業代となると、Aさんつまり労働者に不利な内容となってしまうので、労働者にとってより有利な内容を定めている労働契約の職務給部分は無効にならず、賃金規定よりも優先されることになるであろう。
さてこの問題で改めて考えさせられるのは、労働問題における「集団の力」である。
個々の労働者が個別に会社と労働契約を結んだのでは、低賃金、長時間、劣悪な環境など労働者にとって不利な条件で働かされてしまうという問題は大昔からある。これに対して労働者は、労働組合などの「集団の力」、またその集団の力による法令の整備という手段で対抗してきたのである。
いまブラック企業で働いているというあなた、対抗するためのキーワードは「集団の力」である一人で悩まずに、仲間を作って頑張ってみてほしい!
【関連条文】
就業規則違反の労働契約 労働契約法12条
(前田 牧/はかた法律事務所 https://www.hakatalawoffice.jp)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2019.06.16 03:21