しかも、これは安倍政権や自民党だけの問題ではない。この国のメディアや多くの国民は「普天間か辺野古か」以前の問題として、こ沖縄にどれだけの負担を強いているのかを自分の問題として考え、問題解決のためにどうすればいいのかを真剣に議論する、そのことさえ放棄してきた。
たとえば、ローラの署名呼びかけのニュースに対し、堀江貴文氏は〈んー、これについては移転以外のベターで実現可能な(政治的にも)案がなく、現状の問題を解決できなくなるので反対だなあ〉とツイートしたが、こうやって県知事選で辺野古新基地建設に反対という民意を打ち出した沖縄県民の意思を多くの人が政府と同様に無視し、不平等極まりない日米地位協定や隷属的な対米関係に疑問も抱かず、基地問題の真面目な検討、議論もおこなわないまま安直に「解決策はない」などと結論付けて、基地を沖縄に押し付けつづけてきたのがいまの現状なのではないか。
自分の問題として考える。他人の痛みを想像する。その点、ローラの〈美しい沖縄の埋め立てをみんなの声が集まれば止めることができるかもしれない〉という訴えは、素朴だが本質をついている。少なくともそこには、基地問題と環境問題を沖縄の目線で考えて、解決したいという姿勢がある。百田尚樹がローラを「憲法を守って侵略者に殺される」キャラクターに見立てて悦に入り、「私も辺野古移設反対の署名活動をして普天間基地の固定化を推進するか」と軽々しくほざく姿とは、まさしく対照的だ。
何度でも言おう。いま、「辺野古反対なら普天間固定だ」「辺野古以外に解決策はない」などと喚いている連中こそ、在日米軍基地という問題そのものを“固定化”させようとしているのである。
(宮島みつや)
最終更新:2018.12.26 12:26