しかし、野田が歴史や伝統に対する知識もなく、国家についてきちんと考えたこともないとしたら、なぜ、わざわざ「HINOMARU」のような楽曲を出してしまったのだろうか。
それはおそらく、この曲がフジテレビのサッカーW杯中継のテーマソング「カタルシス」のカップリング曲であることと無関係ではないだろう。
野田の歌詞はもともとコンセプトを過剰に表現する傾向があり、時として攻撃的な歌詞を書くことでも有名だ。たとえば、RADWIMPSの変名バンド・味噌汁’sの楽曲「ジェニファー山田さん」では〈もしも俺が明日死ぬなら爆弾抱えて向かうんだ 永田町に小泉首相に会って目の前で吹き飛びたい〉〈ブッシュってどういう意味? それはつまりチン毛って意味〉と暴力的かつ下品なギャグで政治風刺的な歌詞を書いていた。
ところが、そのRADWIMPSは2016年に社会現象となった新海誠監督の長編アニメ映画『君の名は。』で音楽を担当し、主題歌の「前前前世」は大ヒットしNHK紅白歌合戦にも出演。一躍、国民的アーティストとして広く認知されるようになった。そうしたなかで今回、W杯中継のテーマソングのオファーを受け、そのカップリングとして制作された曲が「HINOMARU」だった。
W杯については、メディアでも「国の威信をかけて戦う」「国を背負った魂の戦い」などと、やたらナショナリズムを煽る勇ましい文言が飛び交っているが、野田はこのW杯の仕事をするなかで、その空気に引きずられ、「国民がひとつになって戦える曲を」と、浅薄なナショナリズムをエスカレートさせていったのではないだろうか。
実際、これまでも、W杯や五輪にかかわることで、ナショナリズムに取り込まれていったアーティストは少なくない。わかりやすいのが椎名林檎だ。椎名は2014年サッカーW杯のNHKテーマソング「NIPPON」で、〈この地球上で いちばん 混じり気の無い気高い青〉〈our native home〉〈我らの祖国〉といった純血思想や国家意識を強調するような歌詞を発表。さらに2016年にはリオ五輪閉会式の「フラッグハンドオーバーセレモニー」の演出を務め、日の丸と君が代を過剰なドラマティックさで演出し、“安倍マリオ”というオリンピックの政治利用の一翼を担うまでになった。
いや、アーティストだけではない。実は、ネトウヨやヘイトスピーチもスポーツの国際大会をきっかけに増殖してきた部分がある。
たとえば、在日特権を許さない市民の会(在特会)によるヘイトスピーチの問題をいち早く世に知らしめ、日本のネット右翼を数多く取材してきたジャーナリスト・安田浩一氏の著書『ネットと愛国』(講談社)には、2002年におこなわれた日韓共催のサッカーW杯が、この国にネット右翼を生み出した大きなきっかけとなったことが記されている。
同書は、在特会幹部の米田隆司氏が〈ネット言論が大きく“右に振れた”要因として「日韓ワールドカップ」と「小泉訪朝」の2つをあげた〉〈なかでもワールドカップは「ネット言論におけるエポックメーキングだった」とまで断言した〉ことを紹介したあとに、こう書いている。
〈私が取材した在特会会員の多くも、“右ブレ”の理由としてワールドカップを真っ先にあげている。当時の「2ちゃんねる」では、韓国選手やサポーターの一挙手一投足をあげつらったスレッドが乱立、いわゆる「祭り」状態となっていた。韓国側のナショナリズムに煽られ、日本人の一部もまた、眠っていたナショナリズムが刺激された側面はあったように思う〉
また、2011年頃から、ヘイトスピーチ増殖の大きな契機となったフジテレビ嫌韓デモが起きているが、そのなかには、フィギュアスケートの浅田真央ファンがライバルであるキムヨナに対する反感から嫌韓デモに参加、その後、ネトウヨ化していったケースが多数あることが、古谷経衡のルポ『フジテレビデモに行ってみた!』(青林堂)に記されている。