将棋専門誌「将棋世界」(日本将棋連盟出版)元編集長で作家の大崎善生氏による『将棋の子』(講談社)では、その厳しさがこのように綴られている。
〈17〜18歳といえば加速度的に世界が広がり、自分の中にさまざまな可能性を見出していく年頃だ。学校という閉ざされた環境の中にしかなかったはずの自分の場所や存在理由が、もっと広い社会の中にもあることを知り、胸をときめかす年齢のはずである。
しかし、奨励会員たちは違う。
歳とともに確実に自分の可能性はしぼんでいく。可能性という風船を膨らまし続けるには、徹底的に自分を追いこみ、その結果身近になりつつある社会からどんどん遠ざかっていかなくてはならないのだ。〉
タイムリミットを目前に控えた奨励会員の心境はいかなるものなのか。『将棋の子』には、年齢制限を迎えてプロ棋士になれず、その後、将棋連盟の事務員となった関口勝男という人物が登場し、こんな壮絶な状況を語っている。
〈恐怖と焦りばかりがつのり、三段リーグの成績は一向に上がらない。もうすぐ30歳になる自分がもし、この世界から放り出されたら、いったいどんなことをして生活すればいいのだろうか。10代後半から30歳に至るまで、将棋しかしてこなかった自分に、何か他にできることはあるのだろうか。
そんな強迫観念に胃はきりきりと締めつけられ、髪の毛はどんどん白くなっていく。将棋に勝つことしか解決法はないのだが、その肝心の将棋の手が伸びない。
やがて精神は限界点を超えた。
誰にも会いたくない、将棋連盟には行きたくない、将棋に関わる話はいっさい聞きたくない。関口はアパートに引きこもり、朝から晩まで、何もせずに一人きりで過ごした。
ノイローゼだった〉
この関口氏のように、精神が壊れるまでいかなくても、若くして、酒に溺れたり、パチンコや競馬、麻雀などギャンブルに逃げる者、新興宗教にはまってしまう者もいるという。