井川楊枝『モザイクの向こう側』(双葉社)
当サイトでも何度も取り扱ってきた「AV出演強要問題」。2016年3月、国際人権団体のヒューマンライツ・ナウが「タレントやモデルとしての契約を装ってプロダクションと契約を結ばせAV出演を強要、もしも出演を渋れば違約金や親にバラすといった脅しをかける」といった被害が続出しているとの報告書を発表したことから、AV業界のあり方が社会問題化した。
6月には業界大手のAVプロダクションであるマークスジャパンの元社長らが労働者派遣法違反容疑で逮捕。7月には、NHKの『クローズアップ現代+』にまでこの問題が取り上げられたことは記憶に新しい。
そんななか、男性向け成人誌などを中心に執筆し、『封印されたアダルトビデオ』(彩図社)の著書ももつライターの井川楊枝氏が、今回の問題を機にAV業界の内情について迫った『モザイクの向こう側』(双葉社)を出版した。
今回のAV出演強要をめぐる問題が表面下したとき、業界関係者からの声としてまず多く聞かれたのが、「ヤクザのような人間が跋扈していた1980年代ならいざ知らず、健全化した現在のAV業界でそのような被害は起こらないだろう」といった意見だ。
しかし、業界内部の人間でもある井川氏は本書のなかでこのように綴っている。
〈私は、普段、雑誌でAVのパブ(宣伝)記事を入れ込むこともあって、複数のAVメーカーや事務所と繋がっている。どちらかというと、AV業界に寄り添っているライターで、業界とは持ちつ持たれつの関係だ。しかし、強要問題が世間で話題となったとき、私は諸手を挙げてAV業界を擁護する立場には回れなかった〉
AV業界が抱える問題の構造について議論される際に、必ず挙げられるのが00年代中ごろに起きた、AVメーカーであるバッキー・ビジュアル・プランニングの撮影による傷害事件、通称バッキー事件だ。
このメーカーの撮影では、出演者には「軽いレイプもの」と説明しておきながら、実際は20人以上の男たちが殴る蹴るの暴行を加えながら中出しするものであったり、水を張った風呂に無理やり沈める「水責め」を行っていたり、強制的に飲酒させるなどといった違法性の高い撮影を日常的に行っていた。また、肛門に浣腸器具を挿入し直腸穿孔、肛門裂傷の大ケガを負わせ、一歩間違えれば死亡事故につながった事件まで起こしている。これにより、メーカーの代表者には懲役18年の実刑判決が言い渡された。
井川氏は、本書のなかで、業界に入りたてのころ、バッキーの撮影を手伝ったことがあると告白。四肢を拘束されたうえ、顔に糞尿を落とされる過酷な撮影で女優が「おまえら全員訴えてやる!」と泣き叫んだ壮絶な現場の記憶を綴っている。だから、〈諸手を挙げてAV業界を擁護する立場には回れなかった〉と井川氏は言うのだ。