ただ、こうして〆切に悩まされるのは、ある意味幸福なことでもある。それだけ仕事があり、ペンで食べていけることを意味しているからだ。『新宿鮫』シリーズの大沢在昌はこのように綴っている。
〈強制的に物書きにさせられたわけでもなく、人から勧められたわけでもない。それどころか、痛切にプロの作家を夢見ていた。だから初めの二年は、仕事の依頼を受けると、喜々として書いたものだ。中学生の頃から、勉強をしているふりをしながら、親の目を盗んでは小説らしきものを書いてきた僕にとって、それは何よりも楽しい作業だった〉
周知の通り、現在の出版界は深刻な不況下にある。そのなかでも「文芸誌」というジャンルは特に厳しい逆風にさらされている。昨年も、リリー・フランキー『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』を生み出した「en-taxi」(扶桑社)が休刊してしまった。そんな状況を考えると、作家たちが盛んに〆切破りの言い訳を考えていられた時代は、それはそれで幸福だったのかもしれない。
(新田 樹)
最終更新:2017.11.24 06:26