〈それこそ中学生のときだったかにテレビで見たようなことです。高田純次さんが清川虹子さんの指輪を口の中に入れてしまい、食べちゃったと思ったら、口の中に入れていたガムにくっついた状態で吐きだした場面なんかがそうですね。弟と一緒にそれを見たとき、おしっこちびりそうになるくらい笑い転げたのをよく覚えてたんで、そのときの原風景を思い出そうとしたんです。
思いださなきゃいけないと思った。
自分がすごく笑った楽しいことを、本棚から取り出すような感じで、「イメージしろ! イメージしろ! イメージしろ!」みたいな感じでやってたら、速くなっていた心臓の鼓動がちょっとずつおさまってきて、過呼吸のようになっていたのも落ち着いてきたんです。「俺はそっちのほう(現実の世界)に行く、そっちのほうに行く」って言って。
不思議なんですけど、その一時間後には舞台に立って漫才をやってたんです〉
大谷の命を救ったのは、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)の名場面。清川虹子の家に行った高田純次が3000万円のダイヤの指輪を口に含んだシーンだった。
危うく命を落としかけた場面で思い浮かべたシーンとしてはあまりにもドラマ性に欠けるものにも思えるが、自死に追い込まれる直前はそんなに劇的なものではないようだ。ビルの屋上に立つ前も周囲からは何の違和感も持たれなかったと言う。
〈あとから妻に「俺が『行ってきます』って家を出たとき、様子がおかしくなかったか?」って聞いたら、「まったくおかしくなかった」って言うんです。誰かが亡くなったあと、周りの人はよく「そんなふうに亡くなるとは思わなかった」みたいなことを言うじゃないですか。僕の場合もそうだったようです。自分では家を出た頃からすげえ落ち込んでたんだろうなと思ってたんですけど、妻によれば、異変みたいなサインはまったく出てなかったっていうんです〉
この事件の後、時が経ち相方への思いを受け入れ前に進んだ結果、自身のラジオ番組のリスナーに自らのことを「ボス」と呼ばせ(東野幸治は大谷とリスナーの関係を「宗教」とまで揶揄している)、暑苦しい熱量で自分の好きなサブカル文化を語りまくる現在の彼が生まれた。
ウェブサイト「CONTRAST」のインタビューで彼は当時の心境について「もう嫉妬しかしなかった。大地がエアギターで世界一になったのに、俺が大地の足を引っ張って、俺のせいでダイノジは2006年に売れなかったと思う」と振り返っているが、このときに「嫉妬」という醜い感情を抱く自分を殺すことができたからこそいまの大谷がいるのかもしれない。
ピース綾部の渡米が成功するのかどうかは分からない。だが、いずれにせよ日本に帰ってくるころには、テレビにはまったく別の綾部祐二が映っているであろうことは間違いない。
(新田 樹)
最終更新:2017.11.12 02:32