『白い巨塔』DVD(角川書店)
映画、ドラマ、さらにはクイズ番組の司会者としても大活躍した往年のスター・田宮二郎が自殺をとげたのは今から38年前のこと。人気ドラマ『白い巨塔』(フジテレビ)の放映中に、自ら足で猟銃を引くという壮絶な最後だった。
その死をめぐっては、「M資金」詐欺に手を出したための多重債務など、さまざまな噂が取りざたされてきたが、ここにきて、未亡人と長男が相次いでその理由を告白し、話題になっている。
まず、最初に口を開いたのは、妻・マネージャーとして田宮を公私両面で支え、自死の第一発見者となった幸子夫人(元女優・藤由紀子)。「アサヒ芸能」(徳間書店)が1月14日号から3回連続で「田宮二郎の妻 没後38年目の初激白」という集中連載を掲載したのだが、その中で幸子夫人はこう語っている。
「最後に『白い巨塔』をやっていなければ、田宮はあのような形で死ぬことはなかったと思います」
1978年6月からスタートした人気ドラマ『白い巨塔』は田宮の代表作として現在にも伝えられる。しかし、幸子夫人はそれが田宮の自死の引き金をひいたというのだ。
話は10年前、1968年に遡る。当時大映の看板俳優だった田宮だが、ワンマン社長だった永田雅一と決裂し、映画界を追われた。幼少期に両親を亡くし、「貧乏」に異様に敏感だったという田宮は、幸子夫人の「お金のことは気にせず、あなたは自分の人生を守って」という言葉にも耳を貸さず妻子を養うためキャバレーのどさ回りをして生活を支えたという。
そんな田宮だが、69年には『タイムショック』(現テレビ朝日系)の初代司会者となり、73年からはドラマ「白いシリーズ」など活躍の場をテレビに見出していく。しかし個人事務所「田宮企画」代表でもあった幸子夫人は別の見方をしていた。
「(白いシリーズは)『お金に転んだような仕事』としか思えない。シリーズが終わるたびに、もう、これっきりにしてほしいと言いました」
ドラマ内容は似通った御都合主義のメロドラマばかりで、田宮が精神をすり減らすのは明らかだったからだ。