普段、派手なパフォーマンスを繰り広げている彼らのリアルなセックスは、実に地味なものだった。そこに「テクニック」などというものはどこにもない。あるのは「相手を見つめようとする気持ち」だけであった。
〈「セックスとはこういうものだ」とか「こうしなければいけない」という、自分が作り上げた規範にとらわれ、知らないうちにそこから逸脱しないようにしている。(中略)セックスのマニュアルを学習するのも、また一つ新たな規範を身につけるようなものである。
そこに意識が行ってしまうと、自分のセックスを分析するもう一人の自分が生まれる。そんな状態では目の前の相手とつながることはできない。気持ちよくなるためのエネルギーを、分析のほうに回しているのだから。自分を縛る規範など忘れてセックスに没頭できれば、中折れせずにイケるはずだ〉
セックスのテクニックを学んでも得られるものは何もない。その行為は「目の前の相手を見つめる」という、一番大事な態度を失わせてしまい、「本当に気持ちのいいセックス」から遠ざかる逆効果にしかならないのである。
ひょっとしたら、これは「セックス」にとどまる話ではないかもしれない。書店に行けば、「話し方講座」「効果的なセールストーク」といった営業スキルなどに関する自己啓発本がたくさん売られている。これなども、そのテクニックを身につけ過信することで、本当に大事な「目の前の相手と誠心誠意向き合うこと」を忘れさせてしまうことにもつながる。世に流れる情報の波に騙されず、「本質」を見つめること。現代に本当に必要な「テクニック」とは、その「本質」を見極められる力なのだろう。
(田中 教)
最終更新:2016.02.13 11:08