〈「切る必要はありません。きっとがんもどきです。様子をみればいいでしょう」 そう言われるかと思いきや、意外な答えが返ってきました。「胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」──言葉が出ませんでした。きっとこの先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。でも、私は初めて会った人の前で泣くなんて、カチンコが鳴ってもいないのにできなかった。また何か悪い夢でもみているよう……〉
「ほうっておいたら、死んじゃうよ」──残酷な死亡宣告に固まる川島。しかし、近藤医師がその後に発した一言に救いを求めてしまう。
〈固まっていると、先生がすぐさま言いました。
「でも肝臓は強い臓器だからね、80パーセント以上腫瘍が占めるまではなんともない。ラジオ波がいいよ」
一瞬にして光が見えた気がしました〉
近藤医師が勧めた「ラジオ波」とはラジオ波焼灼術のことで、腫瘍の中に電極計を挿入し、ラジオ波電流を流すことにより、熱によって病変を固めてしまうもの。保険が適用され肝細胞がんでは標準的な治療法とされている。このときの診断を近藤医師は前述の「文藝春秋」のインタビュー記事で次のように語っている。
〈川島さんは『切除手術も抗がん剤治療も受けたくない』とおっしゃる一方で、「とにかく初発病巣だけは何とかしたい」との思いを持っておられるようだったので、僕は切除手術に比較して体への侵襲度がはるかに低い「ラジオ波焼灼術」を提案しました。これなら入院期間も格段に短く済みますからね。彼女には「万が一、転移が潜んでいたとしても、病巣にメスを入れる切除手術とは違い、肝臓に針を刺して病巣を焼く焼灼術なら、転移巣がどんどん大きくなってしまう可能性も低いでしょう」〉
〈(放射線治療との比較をすれば)ただ、制御率の面では、ラジオ波だったら百人やってほぼ百人がうまく行くんだけど、放射線の場合は百人やってうまく行くのは九十数人と取りこぼしが出る可能性があるんです。それでラジオ波を提案したところ、川島さんもかなり乗り気の様子で、「今の主治医に相談してみます」とおっしゃっていました〉
ラジオ波ならうまく行く、そう聞いた川島は「ありがとうございます。ラジオ波の専門医をもう予約してあるので行ってきます、不幸中の幸い、運ってものがあるとしたら、私は人一倍強いので」と近藤医師と握手して辞去する。
川島が「運ってものがある」といったのは、次の日、ラジオ波の名医のセカンドオピニオンを受ける予約をしていたからだ。ところが、翌日、関西弁を駆使するマイペースだが頭はシャープそうなラジオ波の名医の一言は再び川島を絶望の奈落に突き落とす。