しかし、曲がりなりにも東野氏は作家であり言論人だ。過去には日本推理作家協会の理事長を務めたこともある。いくら自分の信念にあわないからといって、他者の言論や出版の権利を妨害するというのは、にわかには信じがたい。
だが、東野氏は過去においても、今回と同様に出版社の記事に圧力を加えたことがある。
それは10年末から「週刊現代」(講談社)で連載されていたジャーナリスト・岩瀬達哉氏の記事「かい人21面相は生きている──グリコ森永事件の真実」を巡ってのものだった。この記事には名指しこそされていないものの、事件の真犯人として作家の黒川博行氏を類推させる記述があったもので、これを読んだ黒川氏が激怒し、「週刊文春」(文藝春秋)で反論手記を掲載。また、講談社と岩瀬氏に対して名誉毀損で提訴する事態に発展した(その後、裁判で黒川氏の勝訴が確定)。
そして、この一件になぜか反応したのが東野氏だった。東野氏は「週刊文春」の黒川手記を見るや講談社の担当者に連絡をした上で、「講談社の対応を注意深く見守る」との書面を送ってきたのだ。当時、東野氏は日本推理作家協会の理事長であり、黒川氏とも旧知の仲。この際、黒川氏は講談社に対し「週刊現代」編集長と記事担当者の更迭を求めていたが、講談社はそれを拒否していたために、東野氏が怒ったと言われていた。
このときも、いくら記事が間違いだったとはいえ、売れっ子作家が自分の立場を利用して無関係の記事にまで介入するのはやりすぎではないか、という声があがったが、今回も同じ構図のことが起きたということだろうか。
もちろん、幻冬舎が東野氏の抗議だけが原因で『絶歌』の出版を見送ったということはないだろう。しかし少なくとも、その意向がいくつかの理由のなかのひとつとして“反映”されたことは想像に難しくない。
同じ幻冬舎から出版された『殉愛』の騒動では、出版社系週刊誌が百田尚樹氏批判をタブーにしてしまったが、やはり売れっ子作家の威力は出版社にとって絶対的なものなのである。
(時田章広)
最終更新:2015.07.12 06:04