さらにAさんは多くの殺戮現場を目の当たりにしていく。妻の妹の嫁ぎ先でも惨状が広がっていた。
「妹は腹が大きかったんじゃが、婿と一緒に殺されとった。そしたら、(一緒に撃たれた)虫の息のおばあさんがワシの顔を見てニヤーッと笑ったんじゃ。その顔が今でも忘れられん」
こうして1時間半ほどの時間に、集落の半分に当たる11軒が襲われ30人もの人々が惨殺された。襲われて生き残ったのはわずか3人だ。生まれ育った集落内で、様々に交錯する狭い人間関係、戦争──そんななかで1人の男が狂い、凶行に走った。さらに睦雄の異様な風体と逆恨みや被害妄想としか思えない動機もまた、事件が未だ人々の間で語り継がれる所以だろう。
しかし、その動機はどうなのだろうか。Aさんは犯行動機のひとつと言われている自分の妻との性的関係、集落の“夜這い”について、こんな否定証言をしている。
「(小説には)睦やんがワシの女房を手込めにしとったことも書いてある。(妻が)嫁に行く前に相当遊んでいるように書いてあるが、女房が遊んだか遊んでないかは、ワシでなきゃわからん。それに村じゅうで関係していたように言われとるが、そんなことできるのか?」
しかし一方で、妻といっしょに里帰りした友人、Bさんについては、睦雄が恋焦がれていたことを認めている。
「(Bさんが)嫁に行く時に、陸やんが茅を積み上げて通せんぼしたそうじゃ。それくらい思いがあったんじゃ。後で聞いたら、『おまえを残しちゃいけんのや!』言うて、床の下に隠れた娘(Bさん)めがけてバンバン撃ち込んだらしい」
だが、Bさんは奇跡的に、銃弾が喉をかすめる軽症ですんだ。AAさんは事件から10日ほどたった頃、Bさんと顔を合わせたが、Bさんから「私が殺したんじゃ、こらえてください、こらえてください」と泣きつかれたという。
どうだろう。妄想にかられて連続殺害に及んだ「淡路島事件」とはかなりちがう、リアルな人間関係がもたらした犯行動機が浮かび上がってくる。しかし、一方では、Aさんが妻について話しているように、実際にこれらの女性と性的関係があったわけでなく、睦雄の一方的な妄想だったとの見方もある。だとしたら、類似性はあるのもしれない。
いずれにしても、淡路島で起こった5人惨殺事件と「津山事件」との大きな違いは容疑者が生存し逮捕されていることだ。本当に「平成の八つ墓村」なのか、今後の捜査の進展を見守りたい。
(林グンマ)
最終更新:2017.12.19 10:12