難病患者や闘病中の人はもちろん一様ではない。ただ確実に言えるのは、われわれが安易に感動物語を求めるように、ただ単に「健気に耐えている」のでも、やみくもに「明るく前向き」なのでもない。彼女が書くように、絶望の誘惑から全力ダッシュで逃走しながら、なんとか日々を生きのびている。その当たり前を、この本はリアルに描き出す。
作家の重松清は、彼女との対談(『さらさらさん』ポプラ社・所収)で前作への感想をこんなふうに述べている。
《人間は自分ひとりの人生しか生きられないから、結局物語を読むということは、フィクションもノンフィクションも含めて、いろんな人のいろんな人生、架空の人生を知るってことじゃない。で、知ることによって、幅が広がらなきゃダメだと思うんだよ。(中略)「なるほどこういう考えもあるんだ」とか、「自分が見逃してきたところはこうだったんだ」と思う。その面では『困ってるひと』は、間違いなく「文学」だった》
ちなみに、今作『シャバはつらいよ』のタイトルは、誰もが気づくように『男はつらいよ』へのオマージュである。シリーズ全48作を3周は観ているという彼女は、過去のエッセイで寅さんへの思い入れをこう書いている。
《「男はつらいよ」は、世間の荒波を生きていくための、実学のロードムービーでもある。二〇〇八年に世にも稀なる難病を発症し、難民研究者を目指していたはずの自分が、日本社会の難民になったとき。どうやって生きていったらいいのか、前例も既存のレールも、頼れるものも何もなかった。たった一人で、誰も通ったことのない道なき道をかきわけなければならなくなったとき。思い出したのは、寅さんの背中だった。この瞬間も、その背中を追いかけている》
(大黒仙介)
最終更新:2015.01.19 05:58