権力への疑念を「陰謀論」と封じ込めて誰が得をするのか
では、確実な情報もなく、内偵捜査の期間も短く、逃亡のリスクも低いにもかかわらず、組対5課は一体なぜ沢尻逮捕を焦ったのか。
この不自然すぎる経緯を考えると、やはり、上層部から何らかの理由で「早く逮捕しろ」と急かされていたとしか考えられない。逆に、そういった政治的な理由がなかったとしたら、組対5課はよほど間抜けか、信じられないくらい杜撰ということになる。
そして、前述したように、沢尻エリカを逮捕した組対部は、山口敬之氏の逮捕を潰し、安倍首相の秘書の子を殴ったというだけでわざわざ捜査一課を投入した“安倍政権の私兵”中村官房長の影響力が強い部署なのだ、
もちろん、それでも、これらはあくまで状況証拠から導き出した推論に過ぎず、本サイトが警視庁内部から「上から指示があった」「中村氏の命令があった」との情報を取れているわけではない。だからこそ、本サイトもここまで記事にはしてこなかった。
しかし、少なくとも疑念を抱くには十分な状況があり、個人がSNSなどで、両者の動きの間に何か因果関係があるのではないかと疑念を発することには何の問題もないはずだ。それどころか、そうしたツイートがきっかけで情報や内部告発が集まり、不正追及の端緒になる可能性もある。
害悪なのはむしろ、こうした権力への疑念を「陰謀論」と攻撃して封じてしまうことのほうではないか。
前述したように、彼らはあたかも自分が「リテラシー」があるふうに振舞っているが、実際は「わかりやすい証拠」がないものを全て「デマ」「陰謀論」と決めつけているだけであり、その安易な思考、世界の単純化は結局「陰謀論」の裏返しでしかない。
しかも、こうした「陰謀論」取締論者に特徴的なのは、権力への視線がやたら甘いことだ。SNSやメディアの些細な間違いには敏感で「フェイクだ」「陰謀論だ」と過剰に騒ぎ立てる一方、権力の行動についてはやたら善意の解釈をする。
検察や警察が政治家のいうことなんて聞くはずがない、メディアに圧力なんてかけるはずがない……。前出の元「Buzzfeed」石戸諭氏は前掲の論考で、ラサールが半分冗談で次期逮捕予定者リストがあるんじゃ…といったことをあげつらい、〈そもそも「桜を見る会」の出席者名簿すら管理できない政権で、なぜ芸能人の逮捕リストを管理できるのか〉などとしたり顔で突っ込んでいたが、安倍政権は「桜を見る会」出席者名簿を管理できていなかったわけではでない。追及された途端に意図的に破棄したのだ。
文書破棄という犯罪的行為によって国民の知る権利を阻害している政権を「管理がゆるい」ように表現してしまう。この権力への善意的解釈は、それこそ認知バイアスがかかっているとしか思えない。
しかし、メディアやネットではなぜか、こうした意見が「リテラシーの高いもの」として評価され、普通に抱くであろう疑問を呈しただけのラサールのほうがトンデモ扱いされているのだ。
その結果、誰が得をするのか。権力を疑う声がどんどん萎縮し、小さくなって、政権はどんどんやり放題になる。実際、本サイトがここまで指摘してきたような沢尻逮捕の不可解な経緯はもはや、誰も口にしなくなった。
もちろん、在日特権や田布施システムのようなヘイトスピーチは論外だし、フェイクやデマを指摘することも重要だ。しかし、政権に対する推論や疑義を同列に批判するべきではないし、実際に起きている現象に対して分析することまで批判するのは、百害あって一利なしだろう。
石戸氏は、前掲の「陰謀論」批判の論考のなかで、〈関連が薄そうな問題をセンセーショナルにつなげて、証拠もないままに陰謀論を展開することは、結果として政治への関心の低下を導くのではないか。〉と書いていたが、むしろ、乱暴な「陰謀論」との決めつけが政権へのチェックをどんどん甘くしていると考えるべきではないのか。
(編集部)
最終更新:2019.11.25 09:50