ヒアリングした労働者はわずか十数人、加藤勝信厚労相の“ご飯論法”
しかも、政府は労働者の現状すらまともに見ようとしていない。それはもはや、意図的に無視しているのかと思えるくらいだ。
たとえば、3月23日の衆院厚労員会では、共産党の高橋千鶴子議員が、高プロの要件のひとつとする年収1075万円以上の労働者も2011年からの3年間で過労による労災認定が73件にものぼっている(うち過労死が27件、過労自殺が12件)というデータを示し、年収要件は過労死の歯止めにならないと指摘したが、山越敬一労働基準局長は「新しい制度でございますので、現状において実態を把握することは困難」と述べた。また、5月9日衆院厚労委員会では、加藤厚労相が高プロの必要性について「いくつかの企業と働く人十数人から話を聞いた」と答弁したのである。
ようするに、政府はろくすっぽ労働者の声も聞かずに、立法事実すらない状態で、長時間労働と残業代タダを可能にする高プロを推し進めてきたのである。愕然とせざるをえないではないか。
さらに加藤大臣にいたっては、野党からの追及に対し、分けのわからないインチキ答弁を繰り返した。一例を挙げると、3月2 日の参院予算委では、共産党の小池晃議員が「理論的には4週間のうち最初の4日間さえ休ませれば、残りの24日間は24時間ずっと働かせることができる」と法案の欠陥を指摘、「私の言ったことが法律上、排除されていますか」とただしたのだが、加藤厚労相は「あくまでも本人が自分で仕事を割り振りして、より効率的で自分の力が発揮できる状況をつくっていくということ」と、まったく答えにならない答弁で逃げたのである。
加藤大臣はこの間の審議で常時、このようなのらりくらり作戦を徹底しており、もはやまともに答える気がないのは明々白々だが、こうした厚労相の答弁には、ネットを中心に「ご飯論法」なる造語まで広がる始末だった。
「ご飯論法」とはどういうことか。たとえば、例の厚労省の捏造データを暴いた上西充子・法政大学教授は、「Yahoo!ニュース 個人」(5月20日)で、〈論点ずらしによってあたかも「そういう仕組みになっていない」かのように答弁した〉と指摘。そのたとえとして、「朝ごはんは食べなかったんですか?」という質問に、本当は朝食としてパンを食べていたにもかかわらず「(パンなのでお米である)ご飯はたべていません」と答えるような詐術であると喝破している。
まさに言い得て妙で、高プロをめぐる政府側の答弁は本質を突かれてもそれに答えず、子供騙しのようなごまかしを繰り返すものだった。ところが、テレビなどのマスコミは、こうしたトンデモな政府答弁をほとんど取り上げることはない。巷間でも、高プロが「一部専門職」で「年収1075万円を上回る人」が対象とされているため、自分には関係ないと思っている人が少なくない。
だが、それは大きな間違いだ。高年収層でも過労死のリスクが減らないのは前述の通りだが、この年収要件そのものにもトリックが仕込まれている。
すでに労働問題に詳しい佐々木亮弁護士(ブラック企業被害対策弁護団代表)が指摘してきたことだが、まず「年収1075万円」というのは「見込み」でしかない。そして、高プロによって労働時間の規制がとっぱらわれることで、たとえば理論上、1日の労働時間を17時間に設定して、労働者の休憩時間を「欠勤控除」として給料から差し引くなどすれば、実質的には年収300万円代の労働者も「年収1000万円超の見込み」にすることができるのである。