日本が“旗に命を捧げるカルト国家”だった負の歴史
こうして歴史を振り返ってみれば、旭日旗が意味するのはミリタリズムそのものであり、その掲揚を韓国や中国が批判するのは、ごく自然としか言いようがない。
あるいは昨今、右派やネトウヨの間では、旭日旗をナチスのハーケンクロイツと同質として忌避することに対して「旭日旗は軍旗だから鉤十字とは由緒が異なっていて、ドイツ軍が現在でも使っている鉄十字章と同じだから問題ない」というような理屈をこねる向きがあるが、先に見てきた通り、戦中軍部での旭日旗の扱い方と、それを「感激狂喜」しながら復活させた海自の成り立ちを考えれば、もはや反論にすらなっていないだろう(というか、鉄十字もサッカースタジアムに持ち込めば処罰の対象となる)。
また付言すれば、「朝日新聞の社旗だって旭日旗じゃないか!」などと見当違いなバッシングを展開しているネトウヨ連中もいるが、だからなんなの?としか言いようがない。『朝日新聞社史 資料編』(朝日新聞社)によれば、朝日の社章(社旗)は、もともと発行許可が下りた明治12年につくられ、以後、何度も図柄が変わって現在の「旭日」を四分割した意匠(ちなみに7光線条)になったという。無論、「これは旭日旗によく似ているが旭日旗ではない」というようなイタチゴッコに与するつもりはないが、さすがにネトウヨの悪ノリは馬鹿げている。繰り返すが、問題は「旭日」=朝の太陽の“デザイン性”にあるのではなく、「旭日旗」=帝国軍旗・戦艦旗という“史実”にあるのである。
なお、旭日旗と戦中のミリタリズムを意図的に(?)断絶させたうえで「別の日本の伝統的なモチーフを使用しているだけ」「“健全な愛国心”を示しているにすぎない」と主張する人がいると仄聞するが、それも認識が浅薄すぎると言わざるをえない。戦中の陸軍が軍旗を神格化し、これを守るために作戦まで変更して、ましてや軍旗と“心中”までしていたという事実を知っていれば、「健全な愛国心」などとは口が裂けても言えまい。旗を天皇の分身と見なして人命より重く扱う価値観は、どう考えてもカルトである。
逆に言えば、戦中日本はそのような“カルト国家”だったのだ。あらためていうが、旭日旗は決して軍部だけの独占的なデザインだったわけではなく、軍国主義の進展とともに、ポスターのなかに盛んに登場するようになったり、学校の校旗にまで登場した。あるいは、子どもたちまでもが手旗サイズの軍旗を振っている様子も、記録写真などでいくらでも確認できる。つまり、庶民にも戦意高揚のために使われていたのである。
結局のところ、サッカーの試合などで繰り返される旭日旗の問題は、日本が侵略国家であったという歴史を軽視しているばかりか、日本の国民がその御旗のもとで戦争へ動員させられたという事実を忘却しているのだ。外国からどう見られるかという国際的な視点ももちろん大事だが、その前に一度立ち止まり、自分たちの祖先が旭日旗の下で何を強要されてきたかについて、真摯に向き合うべきだろう。でなければ、外的な抑圧感情が反動に結びつき、同じことが反復されてしまうだけだ。
ネトウヨや安倍政権は論外だとしても、心あるサッカーファンたちが「健全な愛国心」を標榜するのならば、いまこそ、冷静な視座に立つことを求めたい。
(小杉みすず)
最終更新:2019.06.07 09:55