まずは北朝鮮の拉致問題と重ね合わせた強制的連行否定論だった。
「実態は強制的に連れていかれたということになると、本人だけではなくて、その両親、そのきょうだい、隣近所がその事実を知っているわけですね。強制的にある日、突然、拉致されてしまうわけですから。横田めぐみさんみたいに連れていかれちゃう。そうすると、周りがそれを知っているわけですね。その人たちにとっては、その人たちが慰安婦的行為をするわけではなくて、何の恥でもないわけですから、なぜその人たちが、日韓基本条約を結ぶときに、あれだけ激しいやりとりがあって、いろいろなことをどんどん、どんどん要求する中で、そのことを誰もが一言も口にしなかったかというのは、極めて大きな疑問であると言わざるを得ない」(前掲『若手国会議員による歴史教科書問題の総括』より)
日韓基本条約が締結されたのは65年だが、元慰安婦の金学順さんが初めて名乗りを上げたのは91年。そこで安倍首相は、26年経ってから声を上げたことをあげつらい、「北朝鮮の拉致問題と同様、強制的連行なら恥ずべきことではないから、もっと前に名乗りを上げるはず」という疑問を投げかけたのだ。
現代の日本社会でさえ、レイプされた被害女性が名乗り出ることをためらうケースがたくさんある。強制されて慰安婦になったら堂々と名乗り出ているはずだ、などと平気でいうのは、女性の人権への意識がまったくないとしか思えない。しかも、慰安婦は当時、韓国を植民地支配している日本軍の行為なのだ。それを、いきなり行方不明になった北朝鮮の拉致犯罪と同列に語るというのは、話のすり替えもいいところだろう。
二番目に飛び出したのは、富山に慰安所がなかったことを根拠とする“元慰安婦嘘つき発言”だった。
「私は慰安婦だったと言って要求をしている人たちの中には、富山県に出ていたというようなことを言う人だっています。富山には慰安所も何もなかった。明らかに嘘をついている人たちがかなり多くいるわけです。そうすると、ああ、これはちょっとおかしいな、とわれわれも思わざるを得ない」(前掲『若手国会議員による歴史教科書問題の総括』)
この元慰安婦とは、カン・ドッキョンさんと考えられる。しかし、カンさんはNHKの番組「戦争――心の傷の記憶」(1998年8月14日放送)に登場し、その中で「『いい仕事がある』と言われて日本に来たら、富山の軍需工場で働かされる羽目になったが、脱走した時に軍人に強姦された後、大本営の移転先として工事中の長野県松代の慰安所に連れていかれた」という足取りが紹介されているのだ。つまり安倍首相は、こうした経緯をよく調べずに「富山に慰安所はなかったから嘘つき」と決めつけた可能性が高い。嘘を言い張ったのは安倍首相のほうなのだ。