たとえば、1968年のインタビューで、「自分の音楽をどう形容します?」という質問に、ディランが返した回答は「強いて言えば、ヴィジョン・ミュージック。数学的な音楽だね」というセリフ。さらに、「フォーク・ミュージックをどう定義づけてますか?」と問われると「大量生産を合法的に具現化したもの」、と常人には理解不能な回答をインタビュアーに叩き付けている(前掲『完全保存版 ボブ・ディラン全年代インタヴュー集』)。
さらに、「曲で伝えていることに加えて、みんなに何か言いたいことは?」と聞かれると「グッド・ラック」と一言。困ったインタビュアーが「確かに歌詞にはないですね」と返しても、「いや、ちゃんとあるよ。どの曲も“グッド・ラック、うまくいくといいね”って終わっていってるよ」と、明らかな嘘を平気で言い張り続けた。
他のインタビューでは、関心事を聞かれ、「平凡な家庭を築く」「自分の子供の少年野球と誕生日パーティー」と述べたこともあったし、かと思えば、逆に「俺のレコード自体がステートメントだ」などと口にしたこともある。
また、2006年に「ローリングストーン」誌に応えたインタビューでは、なんと、あのドナルド・トランプを絶賛する発言までしている。自分のヴィジョンを世間に向けて体現できている稀有な人物として、ルイ・アームストロングやデューク・エリントンといったジャズミュージシャンの偉人の名前を口にした後、こう続けたのだ。
「俺が指しているのは自分以外の人間の現実に同調しないだけの意志の力を持ってるアーティストたちのこと。パッツィ・クラインやビリー・リー・ライリー。プラトンにソクラテス、ホイットマンにエマーソン。スリム・ハーポにドナルド・トランプ」(前掲『完全保存版 ボブ・ディラン全年代インタヴュー集』)
当時のトランプはもちろん、大統領候補などではないが、リアリティ番組『アプレンティス』の人気司会者でいまと同じような発言も口にしていた。それが、ブルースやカントリーの歌手と哲学者や作家のリストに、いきなりその名が登場するのは、かなり違和感がある。得意のまぜっかえしの可能性が高いが、しかし、あの「風に吹かれて」をつくったアーティストが、トランプ絶賛とは……。