そういったサッカーを背景にしたレイシズムは日本においても同じだ。現在跋扈している「ネット右翼」を生み出したきっかけのひとつとして、02年の日韓ワールドカップをあげる人は多い。本書『サッカーと愛国』でも、安田浩一氏による『ネットと愛国』(講談社)から以下のような文を引いている。
〈私が取材した在特会会員の多くも、“右ブレ”の理由としてワールドカップを真っ先にあげている。当時の「2ちゃんねる」では、韓国選手やサポーターの一挙一投足をあげつらったスレッドが乱立、いわゆる「祭り」状態になっていた〉
今では恒例行事となった渋谷のスクランブル交差点における「ハイタッチフーリガン」に象徴される気分としてのナショナリズム、そして、日本はベスト16に終わった一方、韓国は開催国に有利な判定(目の肥えたサッカーファンにとってこの種のホームアドバンテージは「よくあること」なのだが)により勝利してベスト4に進んだという嫉妬。それらが混濁してレイシズムとなりネットに溢れ出していった。
その後、ライバル同士である日韓戦ではたびたびナショナリズムに基づくトラブルが発生する。そのなかでも大きな問題となったものとして本書でも大きく取り扱われているのが、13年の東アジアカップでの日韓戦だ。安倍首相による歴史問題に関する発言で両国の関係が悪化していた状況下、韓国側のサポーターは「歴史を忘却した民族に未来はない」と書かれた巨大な横断幕を掲げ、さらに抗日の英雄である安重根と李舜臣の肖像画を掲げた。
しかし、悪いのは韓国側のサポーターだけではない。日本側も韓国の人にとってはネガティブな感情を呼び起こさせる旭日旗を掲げており、試合終了後、両者に後味の悪い遺恨を残した。
そういったレイシズムが渦巻くのはナショナルチームの試合だけでなく、Jリーグでも同じだ。14年3月8日、浦和レッズの開幕戦で掲げられた「JAPANESE ONLY」の横断幕は大きな問題となった。この「JAPANESE ONLY」なる言葉が何を伝えようとしていたのかについては種々の見方があるが、シーズン開幕前に浦和に移籍してきた李忠成に向けられたものなのではないかという見方が一般的だ。
また、14年9月23日に行われた、横浜F・マリノスと川崎フロンターレの試合中、マリノスのサポーターがブラジル出身のレナトに対してバナナを差し出した差別的な挑発行為も大変な問題となった。この件に関しては、川崎フロンターレのスポンサーがバナナやパイナップルでおなじみの会社「Dole」であり、フロンターレの選手がバナナ販売のプロモーションをやっていることなどに対するおちょくりで、人種差別的な意味合いはなかったとの話もあるが、それなら許されるという問題ではない。もしそうであるならば、黒人選手に向かってバナナを差し出すという行為が、相手にどんな感情を抱かせるかという想像力を働かせることすらできない人間を生み出している日本人の差別意識の低さや、そういった差別問題に関する教育の不備の議論にもなってくる。