「近い将来に12ケタのマイナンバーがどの用途でも共用されていくなら、カードの主の行動履歴が、これを運用する側にすべて把握されてしまいかねないこと。政府にとっては、アメリカの世界戦略とともにある戦時体制の構想を急いでいる折だけに、全国民の一挙手一投足を監視できれば、反体制的な思想信条の人間をあぶり出すこと容易だし、弱みを握って操ることもしやすくなります」
さらに問題なのが、銀行口座と同様18年からスタートする特定検診(メタボ検診)の結果や予防接種の履歴管理のマイナンバー活用だ。これについては今後の医療全体への拡大も容易に予想されるが、そうなれば特定の病気に対する「差別」、また究極の個人情報として「誰にも知られたくない」「思い出したくない」センシティブな病歴が筒抜けになる可能性さえある。そのため日本医師会などが反対の声明を出しているが、本書では政府の“恐怖の思惑”が皮肉まじりでこう描かれている。
「政府の発想だと、自分の病気を特定の医師以外に知られたくないなどという考え方は、国の生産性にとってマイナスにほかならない。企業のマーケティングはもちろん、勤務先の人事管理にもどんどん利活用してもらって、国に貢献する能力が低下した不健康な者はさっさと社会の一線から退いていただく姿勢も、健康で医療費のかからない、あるべき国民で形成される日本においてマイナンバーがめざすところの『公平・公正な社会の実現』の必要条件だ」
国の生産性に貢献しない不健康な国民などいらない。まさに「楢山節考」の姨捨山の発想だが、しかしこれは22世紀の日本に住む私たち国民の置かれた現実だ。国は、国民を“金の成る木”としか見ていない証左でもある。そこには人権や生存権に対する配慮などひとかけらもなく、また国民を守るべく国の義務といった発想さえ皆無だ。
国民は国の、そして企業の奴隷。そんな言葉さえ想起させる。
安保法制、言論統制、そして憲法改正と暴走の限りを尽くしている安倍政権だが、マイナンバー施行は安倍首相にさらなる“凶器”を与えたことになる。日本はこのまま安倍首相によって、まるで戦時中の日本や現在の中国、北朝鮮のような監視・管理国家になってしまうのだろうか。
(伊勢崎馨)
最終更新:2017.11.24 09:56