そんな中、この『コンカッション』という作品をめぐって、日本でも不可思議な動きが起きていた。
「実は、今年5月に決まっていた日本での公開が、突如として中止になったのです。すでに原作本の日本出版も決まっていたとも言われていて、異例の展開ですね。配給元のソニー・ピクチャーズは理由を明かしていませんが、本国から何らかのプレッシャーがあったとも言われています」(映画関係者)
『コンカッション』は、米「GQ」誌掲載後に出版された同タイトルのノンフィクション作品がベース。アメリカナンバーワンの人気スポーツであるアメリカンフットボール(NFL)と脳震盪(=コンカッション)の関係を描いている。
原作によれば、NFLの元スター選手の遺体を解剖したナイジェリア出身の医師(=ウィル)が、プレー中の激しいタックルによる脳震盪がもたらす病気を発見。危険性を指摘するも、エンタテインメント性を重視するNFLは問題を黙殺し続けた。しかし、やがて国民的関心事となり、NFLに対する集団訴訟に発展していくというもの。
全米王者を決定するスーパーボウルの視聴率が50パーセントを超えるなど、NFLはアメリカ国内最大の娯楽産業でもある。今回の決定に、NFL側からなんらかの圧力があったことも考えられる。
実際、2015年9月には、米ソニー・ピクチャーズが制作サイドにNFLを怒らせない内容にするように求めているとの内部情報が漏れ、全米メディアで大きく報じられたほどだ。
また、この作品が社会派のドラマであると同時に、マイノリティであるアフリカ出身の医師が、アメリカ社会にはびこる偏見や差別に苦悩する姿を描いていることも見逃せない。大きな構図で見ると、どこか今回のアカデミー賞ボイコット騒動に通じる部分も感じられるのだ。
映画公開中止の判断には、こうした問題への過剰反応があったという見方も流れているがソニー・ピクチャーズ側が一切、理由を明かさないため、今のところ、はっきりした原因はつかめない。
しかし、いずれにしても、国会議員がアメリカを指して、「奴隷が大統領になる国」と発言してしまう人権感覚の薄い国だからこそ、今回の一件はアメリカだけでなく、世界中で起きている人種差別問題に向き合ういい機会になるはずだ。
明日は白人ばかりのアカデミー賞を見ながら、このボイコット騒動と日本での映画の未公開問題についてもう一度、考えてみたい。
(窪川 弓)
最終更新:2016.02.28 07:10