何しろ、放送では反論はほとんど出ず“松本の意見が正論”のような空気に支配されたままコーナーが終わってしまったのだ(これもこの番組のいつものパターンではあるが)。しかも、『ワイドナショー』のこの回は視聴率10%以上をマークしたというから、こんなデタラメな意見を信じ込んだ視聴者はかなりいたかもしれない。
いや、それ以前に、最近、松本と同じ「俺は現実を見据えているおとなだからね」と言いたげなドヤ顔で、同じく「こんな問題でTPPという国益を捨てていいの」と語る連中がやたら増えている。
だったら、そういう連中のためにも、松本の意見は「現実的」でも「おとな」でもなく、むしろTPPのことを何も知らないドシロウトの妄言にすぎないことを説明しておく必要があるだろう。
そのために、まず、強調しておかなければならないのは、TPPが仮に松本のいうような「何兆円もの国益を生み出す」ものだったとしても、甘利氏の辞任程度で損なわれることなどありえなかった、ということだ。なぜなら、TPP交渉はすでに昨年10月に大筋合意に達しており、あとは、形式的な会合と正式調印のみだったからだ。実際、今日のニュージーランドでの調印式では日本を含む参加12カ国が協定文に署名した。ようは、調印がひっくり返ることなんて100%ありえなかったわけで、1月の段階で甘利氏が大臣を辞めようが、国際交渉という面ではなんの関係もなかったのである。
そして、国内的には、むしろ甘利が担当大臣に居座っていたほうが、ずっと事態は混乱したはずだ。今後の国会で野党から厳しい追及を受け、さらなるスキャンダルが明るみになれば、TPP 関連法案の審議どころではなくなる。官邸が甘利辞任の一手を打ったのは、そういった事態を避けようとしたからだ。
……なんでこんな当たり前のことを言わなきゃならんのか。松本のリテラシーの低さにため息が出てくるが、おそらく、松本は官邸が一時、甘利続投に誘導するために流していた「甘利さんがいないとTPPがダメになる」という情報操作にすっかり騙されてしまったのだろう。
また、松本はTPP交渉で甘利氏が“タフネゴシエーター”として力を発揮し、日本の国益を守ったというようなストーリーを信じているようだが、日本がこの交渉でどんな条件をのまされたかを知らないのだろうか。
まず、農産物。政府は当初、TPPの締結による農畜産業への打撃を最小限にするとして、コメや牛肉・豚肉など重要5品目の「関税死守」を掲げてきた。しかし、大筋合意では、コメは米国などに対して無関税輸入枠を設定し、牛肉・豚肉は関税の段階的大幅引き下げ。さらに重要5品目の関税品目586のうち174品目(たとえば牛くず肉や粉チーズなど)は関税撤廃ということになった。辛うじて生き残るのは国産ブランド牛ぐらいで、生産規模が小さい農畜産業者は価格競争で“淘汰”される……まったく「死守」には程遠いものだった。