加藤自身、「オリ☆スタ」(オリコン・エンタテインメント)2015年6月8日号では、今作の性描写に触れ、「編集の方に確認したら、『事務所に確認します』と言われました(笑)。事務所的には『今さら何!?』っていう反応だったので、作家として認めてくれたのかな」と制作秘話を明かしていた。
事務所確認を要するほどの過激描写とはどれほどのものなのか――。早速『傘をもたない蟻たちは』を読んでみた。
例えば、「染色」という作品。主人公の市村は課題をそつなくこなす能力もあり、恋人もいる、「リア充」な美大生。そこそこの未来が見える安定した生活を送るなかで、自分の体をスプレー缶で染めるという変わった癖を持つ、美優という女性に出会い、瞬く間に恋に落ちる。しかし激しくも短い恋は、彼女がロンドンに留学することであっけなく終わってしまう。そして、ひとり日本に残された彼は、主のいなくなった美優の部屋に忍び込み、彼女の体温や肌を愛おしむように思い出していくのだ。
「スーツのパンツを下ろし、下着を脱ぐ。がらんどうの室内に美優との生活を頭の中でトレースしながら自分を握りしめていると、身体の奥の腐り切った膿みがわき上がる」
「瞼を閉じて欲情のままに腕を振り続けた。いつまでも擦り続けた。なのに極みには至らなかった。快感を覚えているつもりなのに決して絶頂には届かない」
いわば元カノの部屋でオナニーするもイケなかった……という情けない男の描写だ。人生経験豊富な読者諸氏には、いまいち物足りない性描写かもしれないが、本来は女性にとっての「王子様」である現役ジャニーズアイドルが、男のオナニーを描いたという事実は大きい。
また加藤はこの短編集で、さらに衝撃的な性描写にもチャレンジしている。それは、海辺の街に住む男子中学生・純を主人公にした「にべもなく、よるべもなく」という物語での記述だ。純の幼なじみであるケイスケが同性愛者であることをカミングアウトする、というストーリー展開も意欲的だが、問題の箇所は、ケイスケが同性愛者だということを受け入れられない純が、自分自身のふがいなさを彼女である赤津にぶつけるかのように、突然彼女の処女を奪うシーンだ。