だが、海外旅行で得られるものは、こういったビジネスにおけるスキルだけではない。世界で、日本人がどう思われているかということを、確認することもできるのだ。
たとえば、我妻氏がパレスチナに行ったときのこと。別の日本人旅行者が「パレスチナ人は無愛想で良い印象がなかったなぁ」と漏らしていたとき、我妻氏は「当たり前だよ」と思ったという。
「ほとんどお金を使わなかった彼に対して、一体どこの誰が優しく微笑みかけてくるというのだろうか? 全ての国が無条件で親日国ではないし、自分の周りに自分を受け入れてくれる環境があるわけではない。頭にお花畑が咲いているパターンだ」
おそらく常日頃から“日本の素晴らしさ”ばかりを信じて生きてきたから、海外でごく当たり前の扱いをされただけなのに、“無愛想で良い印象はない”なんてことを口走ってしまうのではなかろうか。
ちなみに、我妻氏はパレスチナを旅行した際、タクシーをチャーターして2時間ほど郊外までドライブをしたという。
「そのとき運転手が『日本人と韓国人と中国人は、パレスチナの匂いを嗅いで、そして写真に収めて帰る人ばっかりだ。自分たちは満足かもしれないけど、ここに住む我々にとっては観光客とは呼べない』と話してくれて、『なるほど』と膝を打った記憶がある」
“日本人は世界でも評価が高い”“日本人は世界で愛されている”──そう思って疑わない人もいるだろうが、残念ながらそれは正確ではないようだ。
言ってみれば、日本国内において、日本は過大評価されているのだ。しかし、その現実に気づいていない日本人は、海外に行って恥ずかしい姿を晒してしまう。
海外に行かないと、そこで日本人がどう思われているかという現実はなかなか知り得ない。そして、その現実を知ることで、初めて日本に対しての正当な評価を下せるというものだ。これこそ、日本を褒める番組を見ているだけでは、絶対に知り得ないことであり、もしも本当に日本を愛しているというのであれば、海外に行って日本がどう見られているかを確かめるべきなのではなかろうか。
日本が過大評価されているという点でいうと、治安についても該当するだろう。たしかに、海外には紛争地帯もあれば、犯罪組織の勢力が強い地域もある。日本では、そのような場所が少ないのも事実だ。