今回、「文春」で松井社長が問題視した当該の記事だって読めば大したことはない。カラーグラビアで掲載されている春画は、喜多川歌麿「歌満くら」、歌川国貞「艶紫娯拾余帖」、葛飾北斎「喜能会之故真通」。どれも、春画を代表する傑作だ。葛飾北斎「喜能会之故真通」は春画に詳しくない人でも一度は見たことがあるかもしれない。
また、そのグラビアに付随して、春画が生まれ発展していった歴史的経緯を簡潔にまとめたコラムや、日本で初めて春画をテーマに博士号を取得した石上阿希氏が女性でも楽しめる春画の魅力を解説したコラムなど、春画初心者にもやさしい、ほどよく学術的な記事にまとまっている。さらには、今回「春画展」を開催する永青文庫理事長の細川護煕元首相からのコメントもあり、雑誌の品位を落とすような意図はまったく見えない、むしろ、春画という伝統と芸術への敬意に満ちた良記事といえる。
松井社長は「局部を載せた」のが問題ということだが、90年代をむかえた頃、『艶本研究国貞』(河出書房新社)、『浮世絵秘蔵名品集』(学習研究社)といった書籍に無修正で掲載されて以降、出版物において春画の局部にモザイクなどの修正を加えることは基本的にない。これも今の時代では、みだりに性的欲求を刺激するものというより、「芸術作品」「学術的な資料」としての価値が認められるようになったからだ。
実は、文藝春秋でも無修正の春画が掲載された本が出版されている。最近、時代小説家である車浮代さんが著した『春画入門』という新書を発売したが、同書には、葛飾北斎の「喜能会之故真通」が一切の修正なしでかなり大きい扱いで掲載されていた。ひょっとして、松井社長は自分の会社からどんな本が刊行されているのかすら把握できていないのだろうか。
というか、そもそも「週刊文春」という雑誌は、松井社長のいうようなそんな品位のある雑誌だっただろうか? 特集記事ではしょっちゅう、他人の下半身をあげつらった記事を掲載し、「淑女の雑誌から」という、女性誌からエロ記事を集めた連載もあれば、みうらじゅん「人生エロエロ」という下ネタエッセイの連載もある。これは貶しているわけではない。政治家を追い詰めるような鋭い記事をやれば、そういう下半身ネタもやる、そこが週刊誌の幅であり、良さではないか。
たしかに、松井社長は以前から社内でも権威主義者、ゴリゴリのタカ派として有名で、編集長時代には「雑誌らしい遊びのある記事をつくれないし、自分の価値観を押しつける」という悪評もあった。
しかし、今の彼はできるだけ現場にクリエイティブな能力を発揮させるのが仕事の、社長というポジションなのだ。それがこの程度の記事で、現場に介入し、編集長にいきなり3ヵ月の休養処分を下すというのは、いくらなんでも独裁者すぎるだろう。しかも、今や芸術として扱われている春画に怒り狂うというのは、ちょっとズレているとしか思えない。
又吉直樹の『火花』ブームでいまは調子の良い文藝春秋だが、他の単行本や「週刊文春」はじめとする雑誌の売れ行きはけっして芳しくない。社長がこんな調子で、先行き大丈夫なのだろうか。
(田部祥太)
最終更新:2015.10.20 12:46