というのも、たとえば、牛肉の場合、米国産の輸入牛肉が大量に入ってくることで価格が急落し、畜産農家は壊滅的な打撃を受けるからだ。おとなり韓国のケースでは米韓FTA(自由貿易協定)発効後、なんと1年目で米国産牛肉の輸入量は基準より53.6%も増え、価格面でも韓牛は5年間の平均価格より1.3%、子牛は24.6%下落したというのだ。12年3月に発効した米韓FTAはTPPのミニモデルとされている。
米韓FTAに詳しく迫っている『徹底解剖 国家戦略特区』(浜矩子、郭洋春ほか/コモンズ)によれば、米韓FTAによって米国産の輸入牛肉の40%の関税を15年間でゼロにすることになっている。1年当たりの削減幅はわずか2.7%。引き下げられた関税はわずかにもかかわらず輸入業者が大量に買い付けるため、価格は大きく減少したというのだ。これは政府の想定外だったという。
「その結果、生産者は大きな打撃を被り、廃業へと追い込まれる。『強い農家を育てる』と言っても、時間がかかる。大量に流入してくる農産物に、すぐには対応できない。できるのは廃業だけだ。日本政府のいう農業支援とは、絵に描いた餅と言わざるを得ない」
「これでは将来、畜産農家、ひいては農業従事者が減少していき、農業全体が衰退してしまう」(同書より)
なお、日本は米韓FTAの失敗を見習ってか、一定の輸入量を超えれば関税を引き上げる「セーフガード」という制度(1年目は最近の輸入実績から10%増えた場合に関税を現在の水準である38.5%まで戻す)を導入し、国内の生産者への影響を抑えるというが、はたして、効果があるかは怪しい。
いずれにせよ、米韓FTA発効後、1年で起きているのは、米国企業によって韓国市場は荒らされ、貧富の格差がますます拡大したという衝撃の事実だ。
マスコミはこうした事実を無視して、TPPが発効すると、関税が(全部または一部)撤廃・緩和され、域内でのモノや人材、サービスのやりとりが盛んになり、経済が大きく活性化することが期待できる、と触れまわっている。消費者はいかにトクをするかを喧伝し、日本は少子高齢化で国内市場が縮小に向かうなか、米国や新興国の需要を取り込み、新たな成長の推進力になると祝福ムードだ。
しかし、TPPでトクをするのは消費者ではなく、安倍政権を支える経団連、そしてアメリカだけだということを忘れてはならない。
(小石川シンイチ)
最終更新:2015.10.06 06:04