『死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ』(光文社新書)
昨年11月、京都府向日市の筧勇夫さん(75=当時)殺害容疑で妻の千佐子被告(67)が逮捕された。勇夫さんが亡くなったのは一昨年12月28日の夜。千佐子被告との結婚わずか2ヶ月のことであった。勇夫さんの遺体に不審な点があったため府警が検査したところ、青酸化合物が検出されたのだ。千佐子被告の周辺では勇夫さんだけではなく、結婚相談所を通じ交際したり結婚したりしていた男性らが合計6人も相次いで死亡していることも分かっている。だが、彼ら全員が司法解剖されることなく、死因は「心筋梗塞」や「致死性不整脈」などとして片付けられており、このうち何人の死亡に関して千佐子被告が関わっているかということに関しては、千佐子被告の供述頼みとなっている状況だ。
ひとりの死亡に不審な点がみられ、捜査すると事件の可能性があった。近しい女を調べると、その周辺で過去にも不審な死を遂げた人物が他にも続々と出てくる……この手の事件は他にもある。2009年に発覚した『鳥取連続不審死』も『首都圏連続不審死事件』もそうだ。前者ではその中心にいた上田美由紀(40)の周辺で、千佐子被告と同じく6人の男性が死亡している。09年10月に鳥取市内の川で亡くなった電気工事業の男性、この5件目の不審死で少なくとも警察は上田への疑いを強めていったと言われているが、それより前に死亡した男性は自殺とされている者もおり、結局捜査では全ての男性の死について上田との関連を明らかにすることができず、殺人(強盗殺人)に関しては2件のみが罪に問われることとなった。
このように、過去に問題がないとされた死亡に後から疑惑が出てきた場合、現在の日本ではどうすることもできない。異常な死は全て解剖し、臓器や血液を保管しておく制度がないからだ。
千葉大学大学院教授で解剖医の著者による『死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ』(岩瀬博太郎/光文社新書)には、「警察に届け出のある死者は現在、1年間に17万人以上いるが、そのうち解剖されるのは2万人以下。15万人以上の死者が解剖されることなく、荼毘に付されている」と衝撃的な事実が記されている。つまり何らかの不審な点がある死も、ほとんどがその死因を解剖してまで調べないのだ。本書には、先に述べたような不審死事件のうち、木嶋佳苗被告(40)による首都圏連続不審死事件についても言及している。木嶋被告は3件の殺人で起訴されているが、その3人が死亡する前、千葉県のリサイクルショップ経営の男性、Dさん(70)が不審な死を遂げているが、これが事件化することはなかった。
「逮捕のきっかけとなったCさん(=大出嘉之さん)の死が発覚した時点で、すでにDさんの死から2年以上も経っていた上に、Dさんは解剖もされていないために正確な死因が分からず、どうしようもないと判断したのでしょう。(中略)睡眠薬で寝ているところを練炭で殺害し、風呂場で死んだように見せかけたなどというストーリーもできないわけではありませんから、Dさんが病死だったのか他殺だったのかは、今となっては知りようがありません。しかし、これがほかの先進国で起こったことであったら、状況は違っていたかもしれません」
なぜか。著者によれば、他の先進国では犯罪性の有無にかかわらず、医学的観点で異状と考えられる死体は解剖し、血液や尿などの試料は何年かの期間を決めて保管しておくように義務づけられているからだという。そこから数年経って、死に疑惑があることが分かり、改めてその試料を調べることもできるのである。日本の死体に関する取り扱いは先進諸国からみると遅れており、まさに“ガラパゴス”状態なのだ。