731部隊では、「マルタ」を凍傷や細菌の実験台にもしていた。部隊には当時、京都帝国大学や東京帝国大学などからエリート医学者たちが集められていた。石井中将や軍医たちが東京裁判で「戦犯」として訴追されなかったのは、人体実験や細菌研究のデータを米国に提供することをバーターにしたからだ。そのことは機密開示された米国側の資料などから判明している。
当時、本サイトでも紹介したが、2017年に放送されたNHKスペシャル『731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜』では、1949年にソ連で開かれた軍事裁判「ハバロフスク裁判」での731部隊関係者の証言の数々をテレビ放送し、大きな話題になった。たとえばこんな証言だ。
「昭和18年の末だと記憶しています。ワクチンの効力検定をやるために、中国人それから満(州)人を約50名あまり人体実験に使用しました。砂糖水を作って砂糖水の中にチブス菌を入れて、そして、それを強制的に飲ませて、細菌に感染をさせて、そして、その人体実験によって亡くなった人は12から13名だと記憶しています」(731部隊隊衛生兵・古都良雄)
「ペスト蚤(ペストに感染させた蚤)の実験をする建物があります。その建物の中に、約4〜5名の囚人を入れまして、家の中にペスト蚤を散布させて、そうしてその後、その実験に使った囚人は全部ペストにかかったと言いました」(731部隊軍医・西俊英)
「使われる細菌は、主として、ペスト菌、コレラ菌、パラチフス菌であることが決定しました。ペスト菌は主として、ペスト蚤の形で使われました。その他のものはそのまま、水源とか井戸とか貯水池というようなところに散布されたのであります」
「あの当時、現地に中国人の捕虜収容所が2カ所ありました。その人員は約3000名と言われていました。その饅頭をつくりに参加しました。少し冷やしてから、それに注射器でもって、菌を注射しました」(731部隊第一部〔細菌研究〕部長・川島清)
これら証言や歴史家の研究から、731部隊が細菌を含む「マルタ」の人体実験を行なっていたことは明らかだが、政府は〈外務省、防衛庁等の文書において、関東軍防疫給水部等が細菌戦を行ったことを示す資料は、現時点まで確認されていない〉(2003年10月答弁書)などとして、「資料がない」ことを理由に調査を否定している。
ところが、「ない」はずの731部隊関連の公文書は存在していた。戦後に日本政府が作成した、731部隊の満州からの撤退状況をまとめた公文書で、昨年11月、西山勝夫・滋賀医科大学名誉教授が開示を受けたものだ。今月7日に京都新聞と共同通信が伝えた。京都新聞によれば、発見されたもののうち1枚は「関東軍防疫給水部行動経過概況図」と題された大きな図面で、〈本部第一部が細菌研究、第四部が細菌生産などと部隊構成も記載されている〉という。731部隊をめぐっては敗戦時に施設や文書の焼却等、軍ぐるみの隠蔽工作が行われた。今回、西山名誉教授らが発見した731部隊に関連する公文書はほかにも眠っている可能性が高いだろう。
いずれにしても、くしくも『ヒロアカ』の騒動が浮き彫りにしたのは、日本と海外の戦争責任・戦争加害をめぐる認識のグロテスクなギャップだった。「731部隊は捏造」などとデマを拡散させているネトウヨたちが象徴するように、この国では、日本軍による加害行為や非人道行為は、それがれっきとした事実であるにもかかわらず、「なかった」ことにされてしまう。『ヒロアカ』の問題を「表現の自由」に結びつけて論じる以前に、まず、向き合わなければならないことがある。
(編集部)
最終更新:2020.02.09 02:09