しかも、池上の番組は『反日種族主義』のもう一つの問題に、いっさい触れなかった。それは、同書が“日韓右派の合作”だということだ。
そもそも、『反日種族主義』には、明らかに学術的研究を超えた特定の政治的意図が込められている。番組ではほとんどスルーされていたが、編著者の李栄薫氏をはじめとする同書の著者のほとんどは、いわゆる韓国の「ニューライト」に属する。「ニューライト」というのは、革新系政治に反対し、「日本による植民地時代が韓国近代化の礎を築いた」なる「植民地近代化論」の論陣を張ることが多い韓国の保守系グループで、その政治思想的傾向から日本の右派と極めて相性がいい。事実、以前から韓国のニューライト運動については、産経新聞らが繰り返し好意的に取り上げてきた。
しかも、ハンギョレ新聞によると、『反日種族主義』は〈韓国での出版前から日本語版の出版が計画されていた〉。事実、日本語版の巻末には「編集協力」として、産経新聞の久保田るり子編集委員とともに、慰安婦否定派の急先鋒で“安倍首相のブレーン”のひとりと言われる西岡力・麗澤大学客員教授の名前がクレジットされている。しかも、西岡氏によれば、同書の著者のひとりで徴用工に関わる部分を主に執筆している李宇衍氏は「自分の友人」だ。
ちなみに、李宇衍氏は2019年7月、国連欧州本部で開かれたシンポジウムに出席し、徴用工問題に関して「強制性はなく、賃金差別もなく、奴隷労働というのは嘘である」という趣旨の発表をおこなったが、実は、李宇衍氏を国連に連れて行ったのは、あのテキサス親父日本事務局長・藤木俊一氏。ハンギョレ新聞によると、藤木氏は李宇衍氏のジュネーブへの往復航空運賃と5泊6日の滞在費用も負担したという。
こうした事実を見ても、『反日種族主義』を仕掛けた韓国のニューライトと、日本の極右歴史修正界隈の思惑が一致していることは明らかだろう。にもかかわらず、池上彰の番組は、こうした政治的な思惑には触れず、『反日種族主義』にまる乗っかりし、池上もカズレーザーらコメンターテーも「韓国の反日は歴史の捏造でつくられたもの」「反日に逃げるのはおかしい」と印象操作したのだ。しかも、徴用工問題や日韓請求権問題などに詳しい日韓リベラル派の専門家の解説などは、まったく取り上げることがなかった。
しかも、この日の番組で問題だったのは『反日種族主義』だけではない。たとえば旭日旗について「ヘイトスピーチの現場で使われている旗」という指摘も紹介するも、そのあとに菅義偉官房長官の「旭日旗のデザインは大漁旗や出産、節句の祝い旗あるいは海上自衛隊など日本国内で広く使用されており、これが政治的主張だとか軍国主義の主張だという指摘は全く当たらない」という見解を強調。池上が「つまり帝国海軍はこの旗を使ったけれどもそれより前から日本国内ではごく一般的に使われてきた」などと解説したのだ。戦後一度は消滅した海軍軍艦旗旗を帝国海軍出身者たちが、まさにその帝国海軍のメンタリティを継承しようと自衛隊旗として復活させたという史実を無視し、旭日旗の問題を、韓国だけが過剰反応しているかのように矮小化したのである。