テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』12月19日放送より
「本当にこの2年間、いろいろなことが変わって報道のされ方も大きく変わったなと思っています」
伊藤詩織さんは山口敬之氏との裁判で全面勝訴を勝ち取ったあと、その性暴力をはじめて実名告発したときの反応と比較するかたちでこう語った。
たしかに、2年前の伊藤さんの告発会見では、裁判所内の司法記者クラブに新聞・テレビ全社が勢揃いしていたにもかかわらず、NHKや読売新聞など、大マスコミの半数近くがこの会見のことを報道しなかった。民放各局も事件発覚直前まで山口氏をコメンテーターとして起用していたためか、積極的にこの問題を取り上げようとしなかった。
だが、今回、伊藤さんが民事で勝訴したことを受け、さすがの国内マスコミも大きく報道している。全国紙はネット版で速報や会見詳報を打ち、19日朝刊でも判決を伝えた。NHKと民放各局も判決当日にストレートニュースを流したほか、プライムタイムのニュース番組や翌日以降のワイドショーで特集を組むなど大々的に報じている。
たとえば19日の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)では、事件のあらましを詳しく伝えるなかで、山口氏に逮捕状が出ていたにもかかわらず「上からの指示」によって逮捕が取りやめになったことにも言及。スタジオでは萩谷麻衣子弁護士が「何か働きかけや忖度があったかはわかりませんが、ただ、身柄拘束が必要だと判断して捜査機関が逮捕状を請求した。それを執行する直前で刑事部長の判断で止めたということは、異常なことだと思います」とコメントした。玉川徹氏も直前の逮捕取り止めは異常としたうえで、山口氏と安倍首相の関係の近さについて語った。
「山口さんは安倍総理とものすごく親しいですよ。番組にも何回も出てもらったけども、直接電話できるんですから。直前でも直接話をして情報をとってもらったことも、たしかありました。(普通は)そんなことできないですから、いくら総理番だって言ったって。そこはものすごく近いということ。もうひとつ一方で、安倍総理に関しては、あったことがなかったことになるようなことがいっぱいあるわけですよ。僕はそれを『あったことがなかったことになる症候群』と言ってますけども、そういうふうなことすらもちょっと疑いたくなる結果になったんですね。今回裁判所で(合意のない性行為だったと)事実認定がされたということで。その疑惑は僕ら、もしかしたら追わなければいけない。メディアとして、ジャーナリズムとして追わなければいけないことなのかもしれないと思いますね」
今回、合意なき性行為だったことが事実認定されたことで、なぜ警察は逮捕を中止したのか追及する必要が高まったのではないか。そして玉川氏は萩谷弁護士に「もし警察が逮捕していたら公判が維持できないようなケースだったんですか」と問いかけた。それに対し萩谷弁護士は、法律家の見地からこのような認識を示した。
「私は民事の裁判のこの判決を見る限り、刑事訴訟でも耐えられたんじゃないかなという印象を持ちます。ただし、不起訴の処分の判断をしたときの証拠がどれだけのものがあったのかということがわからないんですね。被害者が開示請求しても出てくるものは非常に限られているし、出てきても黒塗りになっていることが多いので。どういう証拠があったのかがわからないので、どういう証拠に基づいて不起訴の判断をしたのか、検察審査会で不起訴相当の判断をしたのかがわからないです。ただ、(仮に)その時になかった証拠が民事訴訟で出てきた、それが新たな証拠で重要な証拠だとしたら、捜査するのが相当じゃないかと思いますし、でもそうだとしたら捜査が不十分だったなということを裏付けますよね」
改めて確認しておくが、この事件の最大の特異性は、2015年6月8日、逮捕状を持った捜査員が成田空港で山口氏を逮捕すべく待ち構えていたところに、突然、上層部から「取り止め」のストップがかかったことだ。指示したのは“菅義偉官房長官の子飼い”である当時の中村格・警視庁刑事部長(現・警察庁官房長)。中村氏自らが「週刊新潮」(新潮社)の直撃に対し「(逮捕は必要ないと)私が決裁した」と認めている。だからこそ、自他共に認める“安倍首相に最も近い記者のひとり”である山口氏と安倍官邸との関係が、捜査に何らかの影響を与えたのではないのかと取り沙汰されたのである。
しかし、伊藤さんが民事の地裁で勝訴した後も、この点を掘り下げたのはその『モーニングショー』くらいで、国内のマスコミのほとんどは“安倍首相と山口氏の距離の近さ”を報じていない。『モーニングショー』以外のニュースやワイドショーは逮捕が取り消されたことに触れなかったり、あるいは山口氏を「元TBS記者」としか報じず、安倍首相ヨイショ本を出していることなど安倍首相との関係を完全にネグるものまであった。
むしろ、捜査に政治的な動きが関与した疑惑については、国内マスコミよりも、海外メディアのほうが積極的に報じているくらいだ。アメリカ、イギリス、フランスなど欧米のほか、中国や韓国でも伊藤さんの勝訴は大きく伝えられた。