また、第38回「長いお別れ」では、当時の大日本帝国がいかにグロテスクな軍国カルト国家であったのかを描くシーンも登場した。
この回のラストは、1943年10月21日に明治神宮外苑競技場(国立競技場の前身となる施設)で行われた出陣学徒壮行会のシーンが描かれるのだが、その中で当時の記録映像をカラー化したものが流される。実際の東條英機が「天皇陛下万歳」とかけ声をかけ、聴衆が一斉に「天皇陛下ばんざーい」と叫ぶ映像だ。
そして、「ばんざーい」という声が不気味に響き渡るなか、客席にいた田畑はオリンピックを呼ぶためにつくったスタジアムが戦争のために使用されることに怒りをぶちまける。一方、行進する小松を涙ながらに見つめながら「ばんざーい」と声をあげる主人公の金栗四三。
戦地へ赴く青年たちが描かれることは近作の戦争映画やドラマでもよくあるが、その際に描かれるのは母親や恋人との親密な会話や愛情表現であって、その背景にあるグロテスクな軍国主義についてはほとんど触れられなくなった。そんな中で、『いだてん』は実際の映像を使いながら、登場人物の口を通して軍国主義にはっきりとNOを表明させたのである。
『いだてん』は他にも、戦前の日本の歪なナショナリズム、負の部分に踏み込んできた。本サイトが以前の記事で取り上げた、関東大震災の朝鮮人虐殺を示唆するシーン、朝鮮半島出身であるにも関わらず、日本の植民地支配のため、日本代表として日の丸と君が代をバックにメダルをもらうことになったマラソンの孫基禎選手と南昇竜選手のエピソード……。
もちろん、これらは戦前から戦中の日本社会を描く以上、当たり前に出てくるべきシーンで、むしろ、それを描くことを「踏み込んだ」と言わざるを得ない状況のほうがおかしい。しかし、前述したように、安倍政権下で右傾化と歴史修正主義的な風潮が進み、史実通りの戦前、戦争描写が難しくなっているなか、NHK大河ドラマというもっともメジャーな枠が戦前、戦中の日本の負の部分をギリギリのところでなんとか描こうとしている姿勢は高く評価すべきだろう。