だが、奥山氏の闘いはまだつづく。ドラマと同様、奥山氏もしゅっさんによって会社側から契約への切り替えを持ちかけられたのだ。しかし、奥山氏は「私は、みんなと一緒に会社の枠組みの中で差別や格差と闘いたかったので、その話を断りました」という。すると、会社側は「ボーナスや昇格の査定でガタッと下げ」てきた。このことに奥山氏は「子供を産んだら仕事は辞めろと言わんばかり」だと憤慨したが、次に会社側は夫である小田部氏のほうに矛先を変えたという。
当時、東映動画ではテレビアニメを手掛けるようになったことから「勤務体系がルーズ」になり、「夜が遅い分、朝の出勤が遅くても何も言われない状態」になっていたのだが、そんななかで奥山・小田部の夫婦は子どもの保育園送迎のために自動車免許が必要になっていた。そこで小田部氏は、勤務時間中に抜けて教習所に通ったのだが、それが問題となってしまったのだ。
このころ、奥山・小田部夫妻はともにテレビアニメの制作に携わっており、普通に考えて夫婦でテレビアニメの制作に従事しながら子育てすることは並大抵の苦労ではなかったはずだ。そんななか、時間をやりくりして免許取得のために教習所通いすることも致し方がないと思うが、会社側はこれを「職場離脱だ」と問題化。ついには、小田部氏は「解雇通告」を言い渡されてしまう。
だが、この問題を、当初は組合も「個人的な問題」だとして採り上げなかった。しかし奥山氏はひるまなかった。
「私はこれは共働きに対する攻撃だから取り組んで欲しいと訴え回って、解雇撤回闘争を取り組めることになったんです。その時、ペコ(中谷恭子氏)は真っ先に共感してくれて、パクさん(高畑勲氏)と宮さん(宮崎駿氏)が真剣に取り組んでくれました。本社の組合員の方や弁護士さんまで来てくれて、降格と減給ということで何とか決着がつきました」
女性として、子をもつ者として、正当な労働者の権利を訴え、組合活動で会社を変えていった奥山氏──。にもかかわらず、このような奥山氏の組合活動は『なつぞら』では一切描かれず、それどころか「これは組合を超えた我々ひとりひとり、個人的な支援」などという台詞によって組合活動を否定さえしたのだ。
その上、労働組合を描かなったことで、物語自体が薄っぺらくなってしまった部分もあった。坂場がはじめて長編映画に取り組んでアニメーターたちの結束は強まったものの、興行的には大失敗、その責任をとって坂場は「東洋動画」を去る……という部分だ。