もちろん、名古屋の過剰なモータリゼーションの背景には、名古屋が“トヨタのお膝元”であることも大きく関係しているだろう。矢部氏は、トヨタがモータリゼーションをさらにエスカレートさせたと同時に、その企業文化の影響も指摘する。
「かんばん方式で有名なトヨタですが、同社の自動車づくりが、下請け企業を縦に束ねた構造の上に成り立っていることなども見ないといけないでしょう。ルポ『自動車絶望工場』(鎌田慧/講談社)でも描かれているように、江戸時代の身分制社会が、名古屋が工業化するなかで改めて導入されているのです。その空気が名古屋の魅力を削ぎ、街をディストピア的にしている部分が少なからずあるでしょう」
しかも、こうした名古屋のディストピア化はブームと言われるいまも進行していると、矢部氏は言う。
「いま、名古屋はブームとも連動した建設ラッシュが起きていますが、これも、ほかの都市のように、観光開発やインバウンドが目的ではない。不動産投機、不動産の価値を上げることが目的になっています。だから、観光地としての価値から逆に遠ざかって行ってしまう。数少ない観光資源である名古屋めしも、平準化した都市計画に飲み込まれて、価値をなくしてしまうんじゃないかと心配しています」
だが、矢部氏が語っているモータリゼーションと不動産投機を優先する都市計画の問題は名古屋だけが抱えているものではない。
「これは本にも書きましたが、名古屋は特殊な街ではありません。むしろわたしたちにとって既視感のあふれるものが蓄積している街なんです。名古屋の都市計画は、日本の政治や行政が持ちつづけた思想をもっともよく体現したものだと思います。日本では、アジアを蔑視し西欧化をめざすことを号令して近代化をすすめてきました。その結果が、アジア的な街並みの排斥をもたらしています。都市計画者はアジア的な街並みを『スラム』と呼び、自動車道路によって切り裂いていった。そして、この都市計画の思想が日本社会をつらぬき、全国に広がっていった」
名古屋的なものに日本全体が覆い尽くされていく。そう考えると、名古屋ブームもまた、日本全体がディストピア化していることのあらわれなのかもしれない。
(高幡南平)
『夢みる名古屋 ユートピア空間の形成史』著者プロフィール
矢部史郎(やぶ・しろう)
1971年生まれ。愛知県春日井市在住。
文筆・社会批評・現代思想。90年代よりネオリベラリズム、管理社会などを独自の視点で理論的に批判。
2006年、思想誌『VOL』に編集委員として参加。2011年に東京を離れ、現在は愛知県春日井市に在住。著書に『愛と暴力の現代思想』(山の手緑との共著、青土社)『原子力都市』『3・12の思想』(以文社)など。
(高幡南平)
最終更新:2019.08.13 05:36