他方、藤木氏と藤岡氏がサインした「合意書」は、監督が提示した「承諾書」の内容を不服として別に交わされたものだ。デザキ氏によれば、藤木氏への取材予定日の当日午前3時頃に「合意書」が「気に入らない」という連絡がメールで伝えられたという。その後電話で何度かやりとりをして「合意書」は作成された。藤木氏は「文面が『取材者側の権利のみをうたう偏った内容』であるとして、取材を受ける側の権利も書き込んだ代案を出し、協議ののちいくつかの条文を入れさせた」と主張している。いずれにせよ、藤木氏らは「承諾書」にも目を通していたことになる。
「一番の争点は、藤木氏が(映画を)編集できる権利を得たいというふうに言っていたことです。私は、それはできないと断っています。映画を突然商業化したという指摘は、まったく寝耳に水でした。(藤木氏・藤岡氏を含んで)『承諾書』を読んでいますので、商業化されうるということは認識していたはずです」(デザキ氏)
結果的に、監督と藤木氏のやり取りのなかで、「合意書」には〈甲は、本映画公開前に乙に確認を求め、乙は、速やかに確認する〉〈本映画に使用されている乙の発言等が乙の意図するところと異なる場合は、甲は本映画のクレジットに乙が本映画に不服である旨表示する、または乙の希望する通りの声明を表示する〉という記載が入れられた。デザキ監督によると、実際、2018年5月に藤木氏と藤岡氏へ出演部分の映像をメールで提示。2週間以内に返事がほしい旨も伝えたという。藤木氏からは一度も返事はなく、藤岡氏からは「拝見する」との返信があったものの、その後連絡はなかった。また『主戦場』を出品した釜山映画祭前の2018年9月にも藤木氏へ通知したところ、「5月のメールは迷惑ボックスに入っていたようで再送してほしい」との連絡があり、再送に応じた。だが、これに対して藤木氏から苦情や要求はなかったという。なお、監督は映画の試写会への招待状も送っている。
そして、デザキ監督が記者会見のなかで明らかにしたことによれば、今年4月20日に東京で映画が公開されるまで、ただ一つの例外をのぞき、出演者から「商業利用」に対するクレームはまったくなかったという。
それどころか、藤木氏は映画完成を祝う言葉をメールに記しており、ケント氏にいたっては自身のFacebookで映画のPRに協力するとのオファーまであった。唯一のクレームがあったのは、日本で関係者向けの試写会が行われた後の4月13日、東京での封切りの1週間前のことだ。
「4月13日に藤木さんからメールがあり、『この映画は公正ではない』『映画の配給を差し止めろ』と。ですが、そのようなことは『合意書』のなかに一切記されていません。彼は、自分の出演部分について不服があるならば、映画の最後にメッセージを入れるということには同意していますが、映画の配給を差し止めるという権利はありません」(デザキ氏)