そのため、労働基準法第16条は雇用契約に際して、一定の行為をした場合(遅刻、退職など)にあらかじめペナルティを定める行為(遅刻1回罰金5000円等)を禁止し仮に契約書や就業規則でそのような規定を設けても無効となるとしているだけでなく、労働基準法は16条違反に対して刑罰規定まで設けている。通常の民事上の権利は当事者間で話し合いがつかなければ自ら証拠を揃えて裁判を提起して判決をもらって初めて強制できるが、労働基準法違反については警察署と同じように国家の予算で運営している労基署が自らの判断で調査して逮捕してくれることもあるという手厚い保護を行っている(労基署の人員不足の関係で指導して済ませることが多く、刑事処分まですることは滅多にないが)。従って、雇用契約書や就業規則に、退職に際してペナルティを支払う旨の定めがあったとしても、このような契約はほとんどの場合無効となるし、下手すると刑事罰を受けることだってある違法行為である。
もっとも、実際に生じた損害、例えば事故を起こして車の修理費用として10万円を支出した場合に、実際に生じた損害を請求することは、労基法16条違反にはならない。これは実際に損害が生じた具体的な内容を裁判所に認めてもらう必要があり、あらかじめ定められた金額を請求するわけではないからである。しかし、事業を行う上でリスクがあるのは当然で、会社にとって事業を行う上で生じる損害の発生は事前に予想し、そのようなリスクを見越して代金を高めに見積もったり保険に加入したりできる。そのため、労働者が故意に横領したとかそういう事案は別として、労働者のミスで生じた損害については労働者個人に請求できる金額は損害全体のごく一部に制限するのがほとんどの裁判例である。また、重過失がない限り請求を認めないとするなど、請求全額を認めないことも多い。
これまでは、会社は損害賠償をすると脅すだけで、あえて手間暇をかけて訴訟まではせず、無視していれば、そのうち何も言わなくなることがほとんどであった。しかし、大企業のグループ会社がこのような労基法違反の主張を裁判手続上で堂々と行うことに驚愕している。
また、Aさんの相談に通常の契約関係についてしか考えが及ばない弁護士や違法な請求を堂々と行う使用者側の弁護士(使用者側での労働事件の専門家として著書もあるような人だったのだが……)がいることに暗澹たる気持ちである。
ブラ弁や前記の労働弁護団所属の弁護士は情報交換もして研鑽を積んでいるので、広告ばかりやっているような事務所よりも、比較的質が保たれているので、おすすめである。
【関連条文】
賠償予定の禁止 労働基準法16条
(増田崇/増田崇法律事務所 http://www.masudalaw.jp)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2018.07.03 11:07