「もちろんパワハラは避けるべきだけど、『郷にいっては郷に従え』という考えもある。上司の無理難題を上手くこなすことも組織で働くには大切なことです。上司だって人間だから、部下に断られたら嬉しくないはず。自分の言い分を通すことは正しいけど、時には自己主張を我慢して、場の空気に合わせることもサラリーマンには必要です」
弘兼は漫画家になる前に松下電器産業(現在のパナソニック)に入社し、広告宣伝部で働いていたという経歴はよく知られている。『島耕作』にはサラリーマン時代の実体験をもとにしたエピソードも多く描かれてきた。
その一つが、島耕作と上司の中沢部長とで得意先を接待する第81話だ。ここでは、「裸踊りでもやってパァーッと盛り上げてくれんか!」と提案する酒に酔った得意先に対し、島耕作は暗い顔で逡巡する。その様子を感じ取った中沢部長は「それ私の得意芸ですわ!!」と言って手ぬぐい一枚を頭に被せて裸踊りをするのだった。
宴会がお開きになった後、「サラリーマン失格です」と肩を落とす島耕作に対し中沢部長は「思ったよ。大学院まで行ってあくせく勉強したことは何だったんだろうってね。マルクスもケインズもぶっ飛んだよ。これが会社なんだ。男の仕事というのはこういうものなんだ……ってわかった。脆弱な知識とかプライドとかは関係ない」と憂いに満ちた表情で語る。
これは弘兼が京都営業所にいたころに体験したエピソードをもとにしてつくったストーリーとのことだが、そんな話も引き合いに出しつつ、弘兼は前述「週刊ポスト」のなかでこのように語っている。
「当時はマイクやカラオケはなく、お座敷で日本酒を飲みながら、先輩から教え込まれた春歌を伴奏なしの手拍子で歌いました。“♪ひとつ出たほいのよさほいのほーい、ひとり娘とやるときにゃ……”と。下品だけど楽しかった。尿瓶に注がれたビールを一気飲みさせられたこともある。
今の若者は引いてしまうだろうけど、昔は娯楽が少なく、みんな宴会芸を心待ちにしていた。どの会社にも森繁久彌主演の映画『社長シリーズ』で三木のり平が演じたような宴会部長がいて、多彩な芸で盛り上げていました」
「私の知る限り、経団連にいる若手経営者でも“ジジ殺し”が上手で偉い人に引き上げられる人がいますし、四面四角の人間より、宴会芸をさらりとこなすタイプが出世する。
嫌がる島を助けるため、『私の得意芸ですわ』とウソをついて裸踊りをした中沢部長のように、部下の信頼を得るケースもあります。
サラリーマンにとって、宴会から学ぶことは多い」
弘兼ほどとはいかなくとも、このような時代錯誤な宴会賛美を語る作家は多い。『気まぐれコンセプト』『東京いい店やれる店』などでお馴染みのホイチョイ・プロダクションズ(社長の馬場康夫氏は安倍首相の大学時代の同級生としても知られる)もそうで、今年2月に出版した『電通マン36人に教わった36通りの「鬼」気くばり』(講談社)で、電通式の宴会芸をこのように称賛している。