「「こうでなきゃ」という条件があればあるほど、愛情から遠ざかるんですよ。縁を大事にして、小さなことをきっかけにして飛び込んで、他人同士がコミュニケーションを通して歩み寄らないと、愛情は得られない」
社会が要求する「結婚とは『こうあるべし』、家族とは『こうあるべし』」という規範、もしくは「男らしさ」「女らしさ」という決めつけは、人々を不幸にするだけだ。二村氏はこのように説明する。
「僕は、すべての人間が男性に生まれたから「男」である、女性に生まれたから「女」であるとは、思っていなくて。すべてグラデーションだと考えているんです。同性愛やバイセクシャルの人がいるのは当然として、恋愛や結婚やセックスをまったく必要としないで生きていける人もいる。恋愛なり結婚なりをしたい男性の中にも、その相手は「男性的な女性」がいいって人は実はいっぱいいるはず。多様性のあるマッチングがなされていかなくてはならない。社会での男性性の戦いを放棄したくなった人は、男らしくあろうとしなくてもいい。そういう男性をがっしり受け止めてくれる「男性的な女性」も、世の中にはちゃんといます」
「だから女性も「女は、女らしくなくてはならない」とか「女であることと仕事、母であることと仕事を、完璧に両立させなくてはならない」とか決めつけないほうがいい。同じように「結婚とはこういうもの」「セックスとはこういうもの」というのも、決めつけなくていい。社会が要求してるにすぎないことを「自分の個人的な欲望」だと思い込んで叶えようとすると、心が破錠してしまいますよ。男性も女性もそうです」
ただ、「こうあるべき」という規範から逃れることは、口で言うのは簡単だが実践するのはなかなか難しい。特に、男性はその傾向が強いと言う。男は無意識のうちに変化に対するガードを固めてしまうのだ。川崎氏はこう語る。
「婚活相談でも、男の人のほうがアドバイスを実行しないことが多いんですよ。そういうときは、相手のことを真剣に考えて話したのに届かなかった、とがっかりします。女性のほうが、「変わりたい」という気持ちがあって、言われたことをやってみようとしますね」
では、そんな男性はどうすればいいのだろうか。二村氏は「僕はこういうとき、男性には「アナルを掘られてみては?」と言うようにしているんです」とエキセントリックな答えを返している。それはいったいどういうことなのか?