文字数に制限がないというのも、ウェブ小説ならではの特色である。新人小説賞や小説雑誌で文字数に制限がないというケースはほぼないが、ウェブ小説ではそのような制約はないため、どこまでも物語を広げていける。この特徴も、「引き」の強い展開で物語を転がしていったり、読者の声を反映させながらストーリーを再構築していくタイプの作家に有利に働く。
これらの要素をうまくつかんだ作品がウェブ小説で成功しやすい傾向にあるが、その方法論は新人文学賞など、既存の「紙の小説」業界で評価される条件とは異なるものだ。
なので、飯田氏は、前述したようなウェブ小説から単行本化され数百万部単位で売れている作品も、もしも小説投稿サイトというものがこの世に存在せず、それらの作品が既存の小説賞などに応募されていたとしたら、批評家や編集者によって選考の段階でハネられ、日の目を見ることすらなかったかもしれないと語る。そういう意味で、小説投稿サイトは読者と出版社の間で起きていたニーズの「ズレ」を正してくれる存在とも言える。
現在は、そうして小説投稿サイトで人気になった作品や作家を、出版社がタダ乗りするようなかたちで青田買いし、それらを書籍化するかたちになっている。サイト内のランキングで上位の作家から順に声をかける編集者も珍しくなく、「作家」を育てるという出版社の大事な役割は、代わりに小説投稿サイトが担い始めているような状況だが、では、紙の本を出す出版社にはもう役割がないのかと言えば、そうではないと飯田氏は語る。
作品を映画やアニメなどに映像化することは、小説好きの人たち以外にも作品を届け、大ヒットさせるために重要な要素となるが、そのためのノウハウをもっているのは、やはり小説投稿サイトではなく出版社である。多メディア展開をうまくプロデュースすることで、サイトに掲載された作品を書籍化するだけでは届かなかった層にまで、その作品を行き渡らせることができる。
また、サイトで小説を投稿する書き手のなかには、「いつかは紙で作品を出してみたい」という思いを抱いている人が多く、そのためのモチベーションを与えることができるのも、また既存の出版社だけだという。
このように、斜陽の小説業界に新たな波を起こした小説投稿サイトだが、問題点もないわけではない。前述したようなインパクト重視で早い展開などが望まれるという傾向があることから、異世界ファンタジーものや、「ゲームに負けたら死ぬ」といったようなエグい暴力描写の多いデスゲームものなどに、人気ランキングの上位は偏りがちという現象がある。
「小説家になろう」であれば、作家登録者数は68万人、投稿作品数は36万以上とも言われており、そのなかには当然、本格的な文芸など流行のジャンルではない作品を書いている投稿者も多いのだが、そういった作品はなかなか日の目を見ないままランキングに載ることもなく埋もれていってしまう。
こういった問題点を解決するのも、また、出版社が果たすことのできる役割ではないだろうか。目利きの編集者たちが、サイト内で流行のジャンルではない良い作品を出版社で拾いあげ、うまくプロデュースして人気作品に押し上げることができたら、そのような潮目も変えることができるかもしれない。
ようやく文化として定着しつつある、小説投稿サイト。このカルチャーが、右肩下がりとも言われる文学・文芸を復興させることができるか、これからの展開に期待が寄せられている。
(新田 樹)
最終更新:2016.05.19 06:17