新作『牡蠣工場』、2月20日の公開を控え来日した映画作家・想田和弘氏
多くの国民の反対を押し切り強行された安保法制成立など、安倍政権はいま“暴走”とも言える状況にある。しかし、昨年あれだけ盛り上がった反対運動とは裏腹に、いまだに安倍政権は高支持率を維持。この空気のなかで、意気消沈した言論人や表現者の多くが、政治的発言を再び封印し始めた。
そんななか、変わらず、メディアやSNSなどで果敢にメッセージを発信し、運動へ関わり続ける映画監督がいる。
「安倍さんが民主主義をやめようとしていることは明らかなんです」
そう語るのは、ニューヨーク在住の作家・想田和弘。ナレーションやテロップに頼らない「観察映画」の手法で、『選挙』『精神』などのドキュメンタリー作品を発表してきた。今年2月20日からは、最新作『牡蠣工場』(かきこうば)が劇場公開される(公式サイト)。いまの日本社会を覆っている問題をどう見るか。来日中の想田監督に話をきいた。
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■安倍首相とその支持者のほうこそファンタジーに浸っている
──先日、安倍政権の経済政策を担ってきた甘利明氏に収賄疑惑があがって大臣を辞任しました。ところが各社世論調査では、安倍政権の支持率は下落どころか上昇。安保法制成立後も同じ傾向がありましたが、どう思いますか。
想田 僕は、安倍さんが支持され、権力を保持しているのは、やはり僕たちの社会の多数派の価値観が、安倍さんの価値観に非常に共振しているからだと思う。典型的なのはアベノミクスでしょう。みんな、まだまだ高度経済成長期の幻想を追いかけているんですよ。実際には、現在の日本社会を人間のライフステージで喩えると、中年を過ぎて「老年期」にさしかかっているところ。ですが、安倍さんの国家像は「青年期」のそれですよね。
──たしかに「異次元金融緩和」や「一億想活躍社会」、あるいはTPPにしても、イケイケドンドンみたいなイメージがあります。
想田 しかし、それこそアベノミクスというのは筋肉増強剤みたいなもの。これを注射することで、見せかけの筋肉をつけた。そうすると、「あ!筋肉つくじゃん!」「20代の自分に戻ったぞ!」という幻想を抱かせてくれる。ライザップのCMに憧れるみたいなものですよ(笑)。中年太りをして、心肺機能が低下している自分を受け入れられない。だから安倍さんの価値観とは違う成熟した自己像に多数派の人たちが移行していくのは、日本ではもう少し時間がかかるんだろうと思います。
──ですが、右派やネット右翼など安倍首相の応援団はリアリストを自称していますよね。経済財政政策もそうだし、防衛や外交、日米関係についても「現実を見ろ」と言うでしょう。そのうえで反対派を「理想主義のお花畑」とか「ファンタジー」と攻撃している。
想田 いや、はっきり言って、安倍さんのほうがファンタジーです。だって、普通に考えてありえないじゃないですか。たとえば「お札を刷れば経済が良くなる」とか。そんなに単純だったらどの国でも刷りまくりますよ(笑)。本当は、そんなに筋肉増強剤を使いまくってどうすんの? いつまでも使うわけにはいかないでしょ? というのが“大人の議論”であって、それが現実を見据えた考え方だと思う。どちらが「ファンタジー」なんだと。TPPによって競争力を高めるとか言うけど、それも僕にはファンタジーとしか思えないわけですよ。農林水産省だってTPP交渉に入る前には、すべての関税が撤廃されれば日本の農林水産物の4割が壊滅するという試算を出していました。しかし、2013年3月に安倍さんがTPP交渉参加を表明した直後の世論調査(読売新聞)でも、60%の人がそれを評価した。これも幻想を追いかけている証拠だと言えるでしょう。