政治的発言はしなくても平和を祈る気持ちは忘れないし、伝えていきたい。黒柳がこう話すのには、ある“記憶”がかかわっている。それは、彼女自身の戦争体験だ。
戦争がはじまったころ、まだ幼かった黒柳は、戦地へ向かう兵隊を当時住んでいた自由が丘の駅前で熱心に見送った、という。
「そこに参加するとスルメの足を焼いたのを1本くれるんだけど、私はそれが欲しくって、学校にいてもバンザイの声が聞こえると走っていったんです」(前掲書より。以下、同)
なんとも“トットちゃん”らしいエピソードで、小走りするその姿が目に浮かんでくるが、黒柳にとってこの思い出はいまも心に深い陰を落としている。
「きっと小さい子が一生懸命に旗を振っているのを見て、兵隊さんたちは勇ましく出て行ったと思います。でも、そのなかの何人が生きて帰ってきたんだろうって思うとね……いくら私が子供で、スルメが欲しかったからといって、戦争責任がまったくないとは考えられなくて、いまも後悔が残っています」
きっとだれも黒柳の行動を咎めたりなんてしない。あの時代、だれもがそうだった、と思うだろう。しかし黒柳自身は、スルメ欲しさに見送った兵隊たちのことをいまも胸に秘め、自責の念を感じている。戦争とは何か。そのことの意味を教えてくれるような話だ。黒柳は、つづけてこう述べている。
「戦争って、そうやって子供の心まで傷つけるものなのね。それを知っているから、戦争は二度と起こしてはいけないと思っています」
そして、平和を祈る黒柳にはもうひとつ、忘れられない、ことあるごとに思い出すという言葉がある。
それは彼女がNHK専属女優の第1号になってからのこと。NHKは米・NBCからテッド・アレグレッティという放送人を招待し、講演会を行ったという。アレグレッティ氏はその講演会で、テレビがこれからもっとも大きなメディアになるであろうこと、いつか戦争さえも家のテレビで観られるような時代になることを述べた。そして、このように語ったのだという。
「その国が良くなるか悪くなるかはテレビにかかっています」
「永久の平和をテレビによって得ることができると信じています」