このブームについて博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー・原田曜平氏は「景気の底打ちで明るい兆しが見え始めたことで、前向きなメッセージを発する商品ニーズが高まった。加えて02年以降のゆとり教育を受けて育ってきた“さとり世代”に、松岡さんの言葉が刺さった」(扶桑社「週刊SPA!」2015年12月15日号)というコメントを寄せているが、まったく解せない。明るい兆しが見えてこないからこそ、即効性のあるポジティヴなメッセージを欲しているのだろうし、大手書店チェーンのデータを隈無くチェックしている出版関係の知人に尋ねてみれば、松岡修造の「日めくり」カレンダーは、圧倒的に30代・40代の購入が多く、90年代生まれの“さとり世代”ではないとのこと。
さて、冒頭の5つの言葉の答え合わせだが、松岡修造が「1」「2」「5」、相田みつをが「3」「4」である。松岡のスローガンの作りは、既成概念を反転させるか(例:「最低なんて、最高だ!」)、受け手の内面を引っぱり出すようにまくしたてるか(例:「君の脳は、NOなんて言ってない!」)、そのどちらかの方向付けであることが多い。「みんな竹になろうよ」「上海見てみろ。上海になってみろ!」「イライラしたら新幹線に乗れ!」といったトリッキーな言葉が話題になりがちだが、まとめて4冊ほど彼の本に目を通してみると、その多くはとことん無難なスローガン。で、その無難さは、やっぱり相田そのものだ。
相田みつを美術館ウェブサイトのコメントを「本当に相田先生の言葉が好きで、自分で書き換えて飾っているんです。例えば、『いまここ じぶん』でしたら、『いまここ 修造』という風に。相田先生、許してくれますよね」と締めくくっている。松岡修造は、相田の言葉を素直に踏襲しているのだ。
現役時代には移動時間に山岡荘八『徳川家康』(全26巻)、吉川英治『宮本武蔵』(全6巻)を読破するなど、読書家の松岡。相田の言葉を咀嚼しつつも、後々で得た知識を自分流に受け止め、熱意をまぶして、オリジナルなスローガンに変換している(パクリだと指摘しているわけではない。念のため)。その結果、他者の言葉と自分の言葉に境目が無くなってくる。2011年に刊行された『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』(アスコム)では、そのひとつに「ネクストタイム!」という言葉を挙げている。失敗を悔やんでいても仕方ない、「失敗した事実は変わりませんから。そういうときに気持ちを0に戻す言葉が『ネクストタイム!』です」と書いている。