こういった理由があって、大阪以外の地方からもお客さんが集まる、美女だらけの料亭街・飛田新地ができあがっているわけだが、ただ「美人」なだけではお客さんはつかないらしい。飛田は、開け放たれた玄関の上がり框(かまち)にお相手をする女性従業員と曳き子のオバちゃんが座っており、男性はそれを眺めながら通りを歩き気に入った女性のいる店へ上がっていくという特徴的なスタイルをとっている。この上がり框での所作が売り上げに大きく関わってくるというのだ。では、どんな所作が求められているのか。前掲書におさめられている、売り上げ不振に悩む女性従業員にベテランの曳き子がアドバイスを与えるくだりにその要素が凝縮されているので引いてみたい。
〈「オバちゃん……、なんであの子のほうがつくん……?」
「自分な、どんな美人だって、ただ座って“はい、どうぞ”とやってただけで客つくわけないんよ。よその風俗だったら適当に直した写真を載っけとけば、寝てようが、メールしてようが仕事くる。でも飛田では、実物が玄関に座って愛想ふりまかないとお客さんつかん」
「愛想よくしてたつもりやけど」
「“そこに座って、笑ってください”と言われてもちゃんと笑える子なんか、おらん。どうしても顔が引きつる。そうすると、玄関からは怒っているように見えるんよ」
「…………」
「ここでそんなクールな女を演じていても、お客さんつかん。これまでどんだけ男にもてたか知らんが、飛田に遊びに来るお客さんが求めるんは、自然に出るええ笑顔や」
「どうしたらいいん?」
「慣れるしかない。背筋伸ばして、アゴを引いてニコッとし、お客さんからは絶対、目をそらしたらあかん」
「でも恥ずかしいやん……」
「恥ずかしがるのはええんやけど、目をそらしたらダメなんよ。そしたら大概のお客さん“コイツ、俺のこと、嫌がってるから目を伏せたんかな”と思って、好みであっても上がらなくなる。お客さんを見て、自然にニコッと笑えれば、“この子タイプだから入ろう”となる」〉
このような上がり框に女性が座るスタイルの飛田だが、昨今の時勢を鑑みて、料理組合では「あまり過激なことはするな」と自主規制があるらしい。呼び込みのオバちゃんも「玄関内」で声をあげることは許容されるが、もしも玄関の外に出て呼び込みをしていたら、見回っている組合の自警団から後日呼び出しを受けて厳しく指導されるなど、厳しい規律を設けている。また、女性従業員の衣装にもこんなルールができた。
〈以前は水着や下着姿で座っている子もいたようですが、最近ではそうした過激な衣装はお客さんへの挑発的な行為と見なされ禁止になっています。未成年に見えるような服も禁止です。AKB48を模した服を着させていた店もありましたが、組合から「あれはAKBのコスプレじゃなくて単なるセーラー服。女子高生に見える」と判断され、いまはどこの店も自粛しています〉