例のトートバッグの「BEACH」を盗用されたベン・ザリコー氏は「第三者のデザインをトレースした」と釈明するサノケン側に対し、「彼はトレースしたと説明したが、私のデザインと完全に一致している。まるでフォトコピーだ」と主張した。だが、もしも部下にもう少し時間が与えられていたら……。こんな「フォトコピーだ」とまで言われるような仕事はしなかったのではないだろうか?
さらに、今回の騒動を生み出した極めつけの理由と感じたのが、以下の発想だ。
〈こちらの提案から相手の採用までの間には、プレゼンテーションという橋が渡されています。デザイナーに限らず、どんな職業のひとでも、口を鍛える必要があります〉
〈僕は、おおげさ過ぎるくらい自信を持って、プレゼンに臨みます。
担当の方に作ったものを見てもらうとき、「すごく良いのが出来ちゃいましたよ!」と、自信満々に言います。(中略)そして、「じゃじゃーん!」と効果音をつけたり、自分なりの演出を加えながら、プレゼンを始めます。
そうするとみんな「見たい見たい」という空気になるんですよね〉
「週刊文春」(文藝春秋)15年8月27日号によれば、サノケンは広告業界では「クライアントに何を言われてもOKする男」「サノケンのアイデアは単純。(中略)でも、プレゼン上手だから、それが『面白い』となってクライアントに採用される」といわれているらしいが、「口を鍛える必要があります」という文章を読んで、なんだかすべて納得してしまった。
東京五輪エンブレム騒動では、別に原案があったことから、サノケンが発表時にもっともらしく語っていた「コンセプト」が全部後付けだったことがバレてしまったが、このカリスマアートディレクターはまさに、「口」を鍛えることでいろんなことをごまかしてきたのだろう。そのほころびが今回、一気に出てしまったのかもしれない。
しかし、広告業界に詳しい人に聞いてみると、サノケンがこの本で書いていることはけっして特別なことでもないらしい。部下に丸投げで作業をさせ、スピード優先で、プレゼンでクライアントを丸め込む――これらは有名アートディレクター、ひいては業界全体で日常的に行われている仕事のやり方なんだとか。
そう考えると、広告クリエイターのみなさん方にこそ、この本をもう一度読んでもらいたい。そして、自分たちの実力以上にふくらませた幻想と仕事量を「ダイエット」して、サノケンの二の舞にならないようにしていただきたい。
(井川健二)
最終更新:2015.09.12 11:13